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5年以上パソコンかインターネットお使いのかた、
「インターネットもパソコンも昔と変わちゃったよね」
と感じること教えていただけませんか?

私は、2000年ころニフティに入っていました。
フォーラム(掲示板)では、会員ID(メールアドレス)が強制表示され、さらに本名を表示されている人も居ました。
それでもみんな普通に雑談したり、PCユーザーフォーラムなどで議論したりしていました。
今ではそんな掲示板信じられないです。

A 回答 (13件中1~10件)

特に大きく変化を感じるのは、通信速度でしょうか。


もともとパソコンはスタンドアロン前提だったが、草の根ネットができ、どうしても参加したくて確かFM-16βのRSを「音響カプラ」を受話器にくっつけて300BPSくらいで通信していましたが、1行ずつでも相手の文字が自分のPCに表示されてくるだけでどきどきしたものです。
そのうちこれがムーブメントになりニフティなどの大手が一気に参入してきましたね。あのころは、ハンドルネームと本名をうまく使い分けていました。
そうそう、情報交換はもちろん文字中心でしたが、「NAPLPS」が出てきたときはずいぶんびっくりしました。

この回答への補足

草の根BBSというと、パソコンにモデムを1台とか多いときは10台くらい接続して運営する掲示板みたいなものですね。

現在、光回線の主流が100Mbps=1億bpsですもんね。

補足日時:2009/05/24 23:45
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> 5年以上パソコンかインターネットお使いのかた


まぁ、利用暦が、5年、10年で語られても困るけれどさ、

Dosやパソコン通信のときと比べて、
利用している人の質は落ちたね。昔は、もっとストイックだった気がする。

教えてクンが増えすぎて、
同じ感覚で技術的な討論や議論が出来る人間が圧倒的に少なくなってきた。
Windows世代にはわからないことかもしれないけどね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

確かに昔のパソコン通信のフォーラムの様な高度な議論が交わされる場所は容易に見つからなくなったかもしれませんね。

う~ん、教えてクンが増えるのは、教える人がいるからだと思いますが。長い経験を持っている人には質が落ちたように感じることもあるんですね。

お礼日時:2009/05/25 23:32

WIN98が登場した頃、インターネットなるものに初めて接続しましたが、


当時はダイヤルアップの56k。
従量制でしたから、1日2時間やっていただけで、
一ヶ月の電話代とプロバイダー代合わせて何万と掛かって、請求書を見て青ざめました。

反省して、電話代はテレホーダイに申し込みましたが、
テレホタイムは回線込みまくりで、なかなかサイトのページが開けず、
睡眠時間をずらして2時頃からネットしてましたね。

プロバイダーも50時間5000円のコースに申し込みましたが、
月の最後のほうになると残り時間とにらめっこでした。
いかにテキパキとサイトを見て回るかが大切でした。

常時接続環境が整った今、もはやあの頃のようにギラギラとしながら
ネットをすることはなくなりました。
ネットが当たり前に存在し、自由にゆっくりと見ることができるのはありがたいことです。
ただ、あの頃の苦労して未知なる領域に突き進んでいくワクワク感は、今はもうありません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

56Kモデム。K56Flex, x2, V90どれを選ぶかが大変でしたね。
確か3種全部サポートしていたモデムはなかたっと思うので。

いかに接続時間を節約するかのワクワク感わかります!

お礼日時:2009/05/25 23:19

25歳男です


N88ベーシックを使い始めたのが、最初でした。フラッピー、楽しかったですね~^^
やはり、ネットですかね~。異国の人と、ネットの翻訳機を使いながらチャットが無料で出来るなんて、考えたこともなかったです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

チャットと同時に翻訳なんて考えて見ればすごいです。
10年前はCD-ROM一枚分の辞典+百科事典に数千円か1万円以上払っていた時代でした。
↓こういう製品
http://web.archive.org/web/19990508072710/www.mi …

お礼日時:2009/05/25 00:03

ダイヤルアップのピーガラヒャーが聞けなくなって寂しいです。

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。

いかにも通信の準備してますよって感じの音ですね。

最近、電話回線でのデータ通信音が聞けるのは、FAXをオンフックにしたときくらいでしょうか?

補足日時:2009/05/24 23:40
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いつ頃だったか忘れてしまいましたが、私は8ビットマイコンのMSXの頃からやっていました。


でも、その頃から掲示板(BBS)のようなものはありましたし、ハード的には高速化や大容量などで変わったのでしょうが、ソフト的に(利用の仕方として)変わったと思うのは、データベースでしょうか。

データベースと言っても一般の人が使っていて「これがデータベースだ」とは実感できませんが、たとえばこの質問も質問者さんのIDなどで検索すればたぶん出てくるのではないでしょうか。

やはり、この辺の大量に情報を保存し、また高速に検索して蓄積された情報を取り出せることは凄いと思ってしまいます。
(高速化や大容量は予想がつくことなので、さほどの驚きは感じません)

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。

データベースといえばニフティで新聞の記事データベースをキーワードで検索するのに、接続料金が1分10円、利用料金3分で数十円、さらに市内電話料金3分10円だったような気がします。

補足日時:2009/05/24 23:37
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真ん中の子が生まれる前からだから~、


1997年くらいから使っています。

そういえばあの頃は、いろんなメーリングリストに参加していました。
今はSNSのコミュには参加するけれど、メーリングリストは参加していませんね。

あくまで個人的な事でした。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

メーリングリスト。 検索してみたら今でもそういうサービスあるんですね。知りませんでした。

お礼日時:2009/05/24 23:36

YMO(イエローマジックオーケストラ)がデビューしたころに刺激を受けてから、PC(当時はマイコンといいました)にのめり込み、それ以来パソコンを使っているおっさんです。

PC歴はもう30年近くになります。#2さんの紙テープリーダーも知ってますよ。8インチの片面フロッピーディスクとか、カセットテープにゲームプログラムを記録していたこともあります。

でも、こう一度便利になると、もう古い環境に戻るのはまっぴらですね。
たま~に、WindowsのDOS窓を開くと、使いにくくて使いにくくて話になりません。そんなDOS環境でパソコン通信をやっていたのがいまではシンジラレナイね。

特に女性ユーザーが増えたのは、当時と環境が大きく変わったって思う点。昔は男性、特にエンジニアの人や男子学生しか、パソコン通信やってなかったんですよ。パソコンやっていると女子にいうと、オタクぽっく見られ、いい反応返ってこないので、あまり趣味としては口にできませんでしたね。

パソコン通信のフォーラムには本名もでてましたね。でも、今と同じで、延々と言葉のケンカしている人もいましたよ。そのパソコン通信のフォーラムも、2000年ごろまでにはほとんど閲覧することもなくなりました。ひっそりと閉鎖されたっていう話をあとで聞いたぐらい。感慨?うーーん、なくなるべきものがなくなったという感じ。

パソコン通信は1200ボー(1.2kbps?)の時代から使ってます。1文字1文字がカタカタカタっと、順番に表示されるのがわかるぐらいのスピードですよ。今、こんな調子なら、静止画像さえ、数分表示にかかるので、大ブーイングものでしょう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
接続速度、1200bps!今一番遅いADSLが1Mbps = 1024kbpsなので焼く900分の1くらいの速度でしょうか?

800文字くらいの文章を読むというかダウンロードするのに2~3分かかるのかな?という感じです

お礼日時:2009/05/24 20:41

最初はパソコンじゃなくてマイコンでした。


秋葉原でそれ風のキットが売ってて、当然表示もLEDとか液晶じゃなくて数字の出る真空管や点滅するランプでした。今考えると電卓のお化けみたいなもので、プログラム書いて表示が正しいだけで、喜んだものです。
次いでMS-DOSが出たのが先か、日本語変換が実現したのが先か忘れましたが、「とうとうコンピューターも日本語が分かるようになったか」と吃驚。
沖・富士通・シャープと総なめにして、お決まりのパソ通にどっぷり。モデムも受話器を突っ込むタイプだったので、今思うと繋ぐだけで何か儀式のようでありました。
メモリーだってMD-DOS独特の四畳半生活が長かったので、2MBの増設をしたPC98はスーパーハイテクPCで、何でもこれでやりました。
何だかんだで、昔はパソコンを支配していた気がするのですが、最近はブラックボックス化していて、逆に支配されている感がありますが、PCしかり、ネットしかり、こんなに短期間で目まぐるしい変化となった事に驚いています。

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。

コンピュータが日本語を理解するようになったのもつい最近のことなんですね。
一番印象に残っているコンピュータの日本語は
「コマンドまたはファイル名が、正しくありません」です。

補足日時:2009/05/24 20:42
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変わったなと思ったときはWindows 95が発売されたときですね。


パソコンがマニアやビジネスマンだけでなくだれでも使えるレベルになったなと思いました。
それと、今と比べてですけどパソコンのパーツの相場がかなり変わっていますね。
Intelが初のローエンド向けCPUブランドのCeleronをだしたとき3万円を超えていましたが当時は安く感じました。
今のCore i7 920の価格より高かったのですけどね。
グラフィックボードもGeForce2 MXの登場で相場が下がるまでは高価でした。
今思えばパーツいじりはSocket7の時代が一番楽しかったです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
Windows 95の発売。

確かそのころから 履歴書の趣味・特技欄に「パソコン」とかけなくなったような気がします。

お礼日時:2009/05/24 20:34

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