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ある本の中で出てきた話題です。生徒は「おもしろくない授業を何で聞かなきゃならないの?」という。大人は「授業を聞くのが礼儀だ」と言う。
私はかつて大人しくちゃんと授業を聞いていた生徒の一人として、「生徒は授業をちゃんと聞くもの」という常識的な大人の意見を当然のものと受け止めます。

しかし、そうかといって、「興味を引くような授業をしない教師が悪い」という生徒の主張も、そう言われるとそうだよな~と思ってしまう。
こういう考えの生徒に、大人はどう授業を聞く礼儀を教えればいいのか、私は言葉に窮してしまいます。

「先生の授業がおもしろくなければ、生徒は教室から出て行っていい」このことの是非についてどう思われますか?
聞くのが礼儀だとしたら、生徒にそれをどう教え諭せばいいと思われますか?

私が実際にこのような状況にあるとか、困っているとかいうのではありませんが、ちょっと気になったので、いろいろご意見をお聞かせください。

A 回答 (18件中1~10件)

 先に書かれた方がおっしゃるように、教師が生徒の反応も含め反省し、いい授業を目指す努力をしなくてはなりません。

生徒の声をきちんと受け止める姿勢、そこに信頼できる関係が生まれ、よい相乗効果が生じると思います。
 ただ、子供は多様化し、「塾で習ったから」「全然分からないから」「そのやり方、前の先生去年やってた」と、おもしろくないと感じる理由は様々あると思います。これは仕方のないことです。私たちも公開講座などで、すでに知っていることや、全然分からないことを聴くのはつらいことです。
 しかし、教師が自己の不備とそういった多様性に対処しようと努力をしているという前提の上で、生徒には「失礼」ということを知って欲しいと思います。

 「失礼」という概念は、重要と考えます。
 それは、「そうしなければあなたが直接的な不利益を受けるから」、ということではありません。「あなたがいい関係でいたいと思う人、いい印象を持ってもらいたいと思う人、仲間でいたいと思う人々に、不愉快な思いをさせてしまいますよ」ということになります。
 いくら世の中の価値が変化しようとも、「いい関係でいたい人達」の存在は不変です。その人達といい関係でいるにはどうしたらいいのか、ということもそう変わりがありません。
 「約束の時間に遅れずに行く」「何かしてもらったらお礼を言う」などというのは、恐らく変わりがないでしょう。
 「それは失礼なことなのですよ」ということは、自分がそうされた時を想像する力に期待して、生徒に話したいと思います。
 逆に、そういう場面が「失礼」という概念を教えるよい機会かもしれません。

 「先生は自分たちを助けてくれる人」「自分たちにとってプラスになることを教えてくれる人」。そんな風に思われてこそ、生徒が注意深く耳を傾けるようになるでしょう。
 そのためには、「紋切り型」は極力避けねばなりません。もし「紋切り型」をやらざるを得ないとしても、それでどういう反応、どの程度の定着があるのか、前もって想像すべきでしょう。逆にこの時こそ、生徒の教師に対する信頼に期待される場面と言えます。

 私は、生徒が授業の学習内容に不必要を感じることの少なくなるような、生徒の段階に応じた学習内容の対応、もっといえば多様なカリキュラムが必要と思います。それによって、生徒が本当に「自分にとって必要な事を学んでいるんだ」と思いながら、自分の進歩を感じながら、学習できる環境に近づくのではないか、と思います。 

 ~文部科学省、教師を増やしてね、なんて。。。

 
 

この回答への補足

一夜明けてびっくりです。たくさんの回答をありがとうございます。
何やら大そうなテーマをうっかり質問してしまったような気がしています。(汗)
お礼が遅くなるかもしれませんがどうか気長にお待ちくださいますように。

補足日時:2003/03/15 11:11
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この回答へのお礼

先生をされていらっしゃるでしょうか。違ったらすみません。
「失礼」という概念、「いい関係でいたい人達」心に響くご回答でした。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/18 00:24

 直接の解答ではありませんが、参加型、子どもの活動主体な授業は増えてきています。

実際に活動を通して考えたり、学ぶことが多いからです。
 他の方が、研究授業で子どもたちが先生の代わりに教えるような形が評価が高いということに驚いていましたよね。これは、実際に授業する側でないとわかりにくいのですが、教師がまとめながら一方的に勧めるよりも、教育技術がいるんです。
 
 たくさんの子どもの考えや意見を述べさせると、直接の答えでなくても、途中の考え方がすばらしかったり、みんなが間違えやすい所だったりを、教師の発問によって子どもたち自身に考えさせるわけです。先生が考え方の過程を言ったり、答えを言ったりするのではなく、子どもたち自身が考えたことが結果的に自然と答えに結びついていったり、まとめになっていくのです。これはとても難しいことで、一人一人が考えていないと成り立たない授業です。たとえば、おとなしくてみんなの前で意見を言えない子など、クラス全員にスポットライトが当たる時がないといけないし、間違えた考えや答えの子どもをいかに傷つけずに、正しい方向へ導くか、こういった授業すると教師の力量がわかります。指導力不足の先生ほど、無理矢理意見をまとめたりして、進めていきます。
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この回答へのお礼

生徒参加型の授業を行う難しさがよくわかりました。
様々な現状から今の教師の大変さが現場を知らない私にも想像できます。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/19 16:45

1.「興味をひく」「おもしろい」といった、生徒側の感受性による判断が、


 果たして授業としての“質”を表しているかどうかは疑問?
 たとえば多くのスポーツにおける、準備運動や整理運動・補助運動、
 心肺・筋力の強化運動などは、単調でおもしろくなく、つらく苦しいもの、、、、
 赤ん坊のしつけのように、全く興味外のものを、無理に身につけさせる必要もあり、
 予備校の受講生がどの講師を選ぶのかという問題まで、幅広いが、
 小中学生などは、「しつけ」の時期にありながら、
 自己主張ができる時期でもあるというのが、問題を複雑にしていると思う。

2.上記に加えて、授業の存在を「点」でなく「線」でとらえる必要がある。
 その授業はつまらないものかもしれないが、
 その授業を一部とする“単元”全体はどうだろう??
 その単元を一部とする“1年間”はどうだろう???

3.以下引用
 ≫授業をサービス(商品)という言葉に置き換えて考える、わかりやすいですね。
たしかに、教師は給料に見合った良いサービス(授業)を提供しなければならず、
生徒はそれを受ける権利があると思います。≪
 
 この手の話を真剣に言い出す人も考える人も、もう一度見直してほしい。
 
 【≫引用≪】だとするなら、『塾』『予備校』などの
 “授業”に特化したサービスを受けるところに子供を預ければよいのではないか?
 予備校はテスト作りや採点、出欠確認すらない、
 生徒が集まれば、年収は1千万を超える人も出てくる。まさに授業は商品だ!
 塾には入学式も卒業式も文化祭も修学旅行もない。
 両者は、勉強するという目的で、そこにお金を払った人々が集う。
 
 かたや学校は、「行事」「生徒指導」【この負担が大きいだろう】
 保護者・地域とのやりとり、公共施設としての仕事、etc
 
 予備校や塾の講師に、学校が請け負っているすべての仕事を、させた上で、
 なおかつ、同じレベルの授業が保証されれば、そりゃすごい!!
 学校の教師に授業レベルのアップを【≫引用≪】のように要求するなら、
 授業以外のすべてを、保護者や地域が責任を持ってやりこなすか、
 行政に別のサービスを依頼しなければならないだろう。

 注:塾・予備校には上記のサービスが付加されているところもある。
   

4.上記に加えて、
 行政サービスを「税金を払っているから、やって当然」とする考えが礼儀知らず!
 本来自分たちがしなければならない事柄を、
 国・地域共同体・産業経済の構造から、合理性に鑑み、委託しているのである。
 屎尿処理もゴミの処理も、防災対策も、防犯対策も、『我が子の教育』も、
 『自分でやれば!?!』といわれればそれまで。
 学校の先生方の給与は、学校教育全般に対する対価として支払われています。
 塾予備校においては、
 「テストに対応する学力」を保証するための講義を実施することに
 たいして、市場原理を働かせます。
 現行のまま、学校での授業の質の向上を要求するなら、
 授業以外の仕事を減免するか、
給与を増額してから相応のサービスなるものを要求するか、
 現状でそれが可能な、スーパーマンを20万人ほど雇うべきでしょう。
 

まとめ、批判的に書かせていただきましたが、お気を悪くされませんように、
他意はございません。文面通りの、事象に対する思いです。
質問者や他の回答者【一部】の皆さんへANTITHESISです。
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この回答へのお礼

いろいろなご意見を伺いたかったので、私には批判的なご意見も大変有難いものです。
気付かなかった点に思い至らせる示唆に富んだご回答でした。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/18 09:38

逆だったらどうなんでしょうね?


つまり、生徒の態度が無関心なら、教師は授業をボイコットしても良いのかということです。
授業のことだけに限らず「おもしろくなければ放棄して良い」という考えは間違っていると思います。
人々が皆、おもしろくないことを放棄したらどうなると思います?まず、働く人が減るでしょうね。
教師も減るでしょう。
子どもの躾まで学校任せの親達が増えたせいで、今時、教師業を「おもしろい」などと言う人は殆どいないと思います(余談ですが、私は、躾や善悪の判断の仕方というのは親が教えるべき事柄だと思ってます)。
礼儀云々の問題ではなく、「我慢の出来ない人間が増えている」という問題のような気がします。しかも「我慢の出来ない人間」は、子ども達だけではなく大人達の間にもかなり多いです。
そして「授業は面白くて然るべき」という考えが間違っているということを理解して欲しいですね。
そもそも、勉強なんて楽しいモンではないのです。
ただし、授業内容が間違っているとか、教師の態度にあきらかに問題がある場合(やる気がみられない等・・・)は、十分ボイコットの対象になると思います。
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この回答へのお礼

違った方向からのご意見興味深く拝読しました。
「我慢の出来ない人間が増えている」実感することですね。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/18 09:27

 一般的に言って、ひとは物事を構図的に整理して理解します。

授業に関する教師の力量不足が原因で生徒・学生が興味を失い、学力低下が起きているという構図もその一つです。そのための解決策として、生徒・学生が教師を評価し、場合によっては、授業の消費者として、不要な商品提供者である教師を淘汰する必要があるというのも、市場経済をモデルにした一種の構図です。このような文脈の中で、「先生の授業がおもしろくなければ、生徒は教室から出て行っていい」という考えは多くのひとに指示されるのであろうと客観的に考えることができます。
 この構図的理解を強力に押し進めたのはマスコミです。ある非常に影響力のあるニュースキャスターが登場する民放(夜)のニュース番組で、大学批判のテーマのなかで映像が流れていました。そのとき、教師の十年一日変わりばえのしない授業のために学生の授業離れが進んでいるようだとして、大教室の授業風景と、後ろの扉から断り無く出ていく学生の姿を映しだしていました。これはキャプションの魔力ともいうべき方法論でしょう。つまり、後ろから出ていく学生は授業途中であるにもかかわらず、バイトに出るために抜け出したのかもしれないし、携帯が鳴って誰かと話したかったのかもしれません。もちろん、授業に飽き飽きして退室したかもしれませんが、この報道姿勢はかなり問題を含んでいると思いました。
 このような事が繰り返され、不勉強で知的刺激を喚起しない教師と、向学心に充ち満ちているのに、その意欲を潰されていく生徒・学生という強力な構図ができあがっています。
 このように整理した上で、提案として申し上げたいのは、果たして、この構図に寄りかかって、つまり、考え方の枠内から一歩も出ずに、不勉強な教師と向学心を潰される生徒・学生という考え方をこのまま強化していくことがどれだけ日本の教育にとって実りあるかということをそろそろ再考すべき時期に差し掛かっていると思います。
 授業を面白くするために映像刺激、音声刺激、ジェスチャーやパフォーマンスの多用、日常的な場面への応用事例や情感的表現を教師が採用すれば、生徒・学生の興味は引くでしょうが、一般的に言って、概念的な思考を論理的に積み上げる思考力の育成は損なわれる場合が多いでしょう。喩えでいえば、カラフルな図をパワーポイントでたくさん見せられるよりも、青地に白の図を幾つか見たり、板書を追ってノートに書く方が後でしっかりと覚えているような事だと思います。
 教師に対する批判的な姿勢ばかりを強調する世論形成は、教育に対する子どもたちの期待感を早い段階で失わせます。課題を解く忍耐力や少しややこしい教師の説明をきちんと聴く忍耐力を身につけさせる前に、教師の指導力を問題視する姿勢を生徒・学生に身につけさせます。
 教師が授業を構成するには、かなりの労力を費やし準備を行っていると思いますが、このような側面に対する積極的な評価ができるような生徒・学生が現れてこそ、文部科学省が押し進める生徒・学生による授業評価は功を奏するでしょう。
 ひとつひとつの授業場面にデジタル的に反応して、教室を出てしまうよりも、一見、つまらない授業でも我慢して聴き通して、最終的にその意味・無意味を判断する方が授業の聴き方として望ましいのではないでしょうか。
これが、ご質問に対する答えとなります。
 今、義務教育課程でも中等、高等教育課程でも、諸外国から日本に渡ってきた人々の子どもたちや留学生が非常に多くなっています。理系、文系を問わず、大学院などは中国や韓国からの方々がたくさん留学しているはずです。
 「興味を引くような授業をしない教師が悪い」と言って席を立つかわりに、猛烈に学び、質疑応答をし、最先端の知識や研究方法を身につけて、帰国したり、さらに欧米の研究機関に進学したりしているはずです。
 最初に述べたような「構図」に捕らわれ、国を挙げて教師批判ばかりを繰り広げていると、文字通り向学心に燃えた留学生が活躍する学的世界、商工業の世界などで、日本の若者が活躍する場面は急激に少なくなると思います。ご回答者のなかに、ノーベル賞の話をされている方がおられましたが、上記のことを象徴的に述べられたのだと思い、同感です。
事態は憂うべきところまで来ています。
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この回答へのお礼

マスコミの影響力は大きいですね。
いろいろと考えさせられるご回答でした。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/18 08:43

教師は仕事として授業をします 生徒は退席は問題だけれど聞きたくない下手な授業は参加しなくても別にかまわないと思います 現実問題教室からの退場は後々問題にされますが 魅力の無い授業を聞くのも苦痛以外の何者でも有りません。



最近は教師もサラリーマン化が進み熱血先生が少なくなりました 生徒の信頼を得ている教師の授業は生徒も熱を込めて聞いています 面白い興味を引く内容云々は関係無いと思います 用は信頼関係だと思います。

私もちゃんと授業を聞いて来たお仲間なんですが 実際 人の親と成り問題の有る教師が多数居たので考え方が変わってきたのかも分かりません。 
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この回答へのお礼

回答いただきありがとうございました。
ご意見、参考にさせていただきます。
信頼関係、教師と生徒にかぎらず、築いていくのは簡単なことではないですね。

お礼日時:2003/03/18 00:31

こんにちは26歳男です


実は僕は経験者です。
小学校5年生の時に、小学校って担任の先生が基本的に授業をやるじゃないですがか、そこでそのときの担任がひいきばかりをするので、生徒から不満が多数出ていました。
そこである授業中にそういった行為があったときにある生徒が先生に「ひいきをするな」っていったんですね。それから、先生と生徒で話をしたのですが、結局先生が行ってることにみんなが納得できず、授業をボイコットしたことがあります。
結果的には他の先生が間に入って話し合いをして、その後はその担任の先生もひいきをなくした状態で、無事みんな卒業しましたが・・・
他の方がおっしゃってますが、義務教育ってなんですかね?
義務教育とは、生徒に授業を受ける義務があるのではなく、親(保護者)に教育環境を整えさせる義務があることです。生徒(子供)にとっては受ける権利があるのであって決して強制されるものではないものです。
で、その権利を行使できるように教師や保護者に義務が生じるのです。
ただ、子供にも他の生徒の権利を妨害する権利は無いので、ただ授業を聞かないだけならいいですが、騒いだりして他の生徒の邪魔をしてはならないということです。
生徒が自発的に教室を出ることは先生は拒否できませんが、逆に他の生徒の邪魔をしたら、教室から退室させられることもあるわけです。
まあ、権利と義務があるからっていってそれを主張するだけでは物事は解決しないのですけどね
それを教えることも教育の大切な部分ではないでしょうか・・・

この回答への補足

ここまでお礼書かせていただきましたが、だんだんお礼が書き難くなってきました。
というのは、私は自分の質問に自分なりの答えというものはまったく持っていないのです。わからない、だから皆さんのご意見をお伺いすることで、何かしら考えるヒントが得られるかもしれないと思いました。
私のお礼の中で、いただいた回答に同調するようなことを書いていても、それは一つの考え方として「なるほど、そうかもしれませんね」「そういう考えもありますね」といったニュアンスです。
それぞれのご回答を、まずは一つの意見として全面的に受け入れる、そういう段階なのです。
誤解を与えてはいけないので、この後のお礼は簡単にさせていただこうと思います。申し訳ありませんがご了承ください。

補足日時:2003/03/18 00:07
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この回答へのお礼

小学5年でそのようなことがあったのですね。
私の所が田舎だったからかもしれませんが、そのようなことが起きる雰囲気はなかったですね。とてものんびりしてたし、みんな無邪気な田舎くさい子どもだったので。(笑)
義務教育については、回答いただいてよくわかりました。
他の生徒の妨害をする権利はない、そうですね。
しかし数年前から、生徒が授業に集中できなかったり、騒いだりといったことも大きな問題になっていますね。
経験談とともに回答いただきありがとうございました。

お礼日時:2003/03/17 23:38

#1の方に賛成です。

何のために授業を受けているのかを間違えてとらえているためにこういった問題が出て
くるんでしょうね。先生のために授業を聞いてあげる、という考えはおかしいと思います。礼儀いかんの問題
ではないですよね。

誰のために授業を聞くのか、よく考えたほうがいいと思います。日本は義務教育があるために、かえって
学べる場を与えられることのありがたみが感じられなくなってしまってるんでしょうね。
社会に出たらそう簡単に学ぶことはできません。授業がおもしろくなかったら出て行くなんてもったいない。

先生の授業がおもしろくないというのは内容に興味がないということでしょうか?それとも話し方が単調で
つまらないということでしょうか。講義の中身が支離滅裂だというのでは確かに問題だと思います。でも
そうでないならあまり先生を責めることはできませんよね。

先生と生徒の話し合いを持ってみるのも1つの手段かと思います。生徒に「もっとこういうふうにしてくれ
れば興味がもてる」という意見を出してもらえば少しずつでも改善の余地はあるんじゃないでしょうか。
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この回答へのお礼

>先生の授業がおもしろくないというのは内容に興味がないということでしょうか?それとも話し方が単調で つまらないということでしょうか。

質問文にあるように、読んでいる本の中にそういう記述があり、私自身ふと疑問に思ったので、他の方はこんな時どうされるだろうと、細かい状況を想定せずに質問していました。焦点がボケてしまってわかりにくい質問になってしまい申し訳ありません。
いろいろ考えられるかもしれませんね。
たとえば、非常に優秀な生徒なら、授業の内容はもうわかりきったことだからつまらないと感じるかもしれませんし、単純に興味がないとか、授業のやり方が単調ということもあるでしょう。

授業の内容にかかわらず、「教室を出る」という行為そのものが、私の時代には想像もできないし、そんなことはとんでもない不良行為とみなされました。そこには、「教室を出ていいかどうか」などという疑問自体起こりえないのです。
それが近頃どうもそうではなくなってきた。生徒にとっては教室を出ることにそれほど罪悪感がないように見える、そのことにまず軽い驚きがあったのです。
「教室を出る」ことが大それたことではなくなった今の時代に、それでも授業はちゃんと受けるものであると、どのように言うべきなのか、それとも、理由いかんでは受けなくてもいいのか。そんな疑問から出た質問でした。

礼儀の問題ではなく、生徒が自分自身のために授業を受けているのだという意識が必要ですね。
そうすれば、授業のやり方の改善を要求するというような積極的な関わり方につながるのだと思います。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/17 17:17

先生への礼儀として授業を受けている限り、「興味を引くような授業をしない教師が悪い」と言う意見が出てくるでしょう。


自分のために授業を受けるのですから、たとえおもしろくないと感じても、何かを得ようと努力すべきです。それがいやで、たとえば授業の妨害になるような行動をするのであれば、「出て行ってもいい」ではなくて、「出て行くべき」だと思います。(義務教育の場合は、違うでしょうが・・
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この回答へのお礼

礼儀として受けてるのでなく、自分のため。本当はそうなんですよね。
何のために授業を受けるのか、生徒にその意識が希薄なのかもしれません。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/17 16:01

授業を「聞く」ものだと思っているから、「おもしろくない」のでしょうね。


授業に「参加」、授業で「活動」「質問」すれば、どんどん面白くなります。
いまどき、ただ生徒に聞かせるだけの授業をしている教師はいないでしょう。
聞かせる部分が減りすぎていることに、私はむしろ危機感を感じています。
「これはどうしてなのかな~? 先生わかんないから教えて~!!」と先生が問いかけて、生徒が偉そうに発言してゆく、という授業が、研究授業などでも評価が高くて、びっくりしました。
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この回答へのお礼

授業のあり方そのものの問題ということでしょうか。もちろんそれはそうだと思います。
「参加」するような気持ちの持てない授業だったら、出ていいものかどうかその是非と、そういう生徒に大人(教師とはかぎりません)はどう言うべきなのかをお聞きしたかったのです。
積極的に参加したくなるような授業であれば、こういう問題は起きないのでしょうね。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/16 12:56

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