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長い間、「痛いニュース」という2chのまとめサイトを見続けていたせいか、特定の事柄について頭ではそんなことしたくないと思っても脊髄反射的に叩く思考回路が身についてしまいました。

韓流スターを見ると、少しの粗を捜し出してはついつい死ねと考えてしまいます。そんな事を考えたくないと思っても駄目で、むしろ深く考えると死ねと思うのが当たり前なのだというような考えに行き着いてしまいます。しかもそんな事を考えてると、頭が興奮してきて、なんか怖いです。

こんなこと考えるのは最低だと思うので何とか治したいです。サイトを見ないようにしていた所、少しはアレルギー的に考える事は無くなりましたが、深く考えるとやはり叩くのは当然だ、と思ってしまいます。こういう考え方を治す方法ってありますか?

A 回答 (8件)

 人を批判ばかりしていると、結局はそれが自分に向かってくるということに気付くことが大切ではないでしょうか。

それに気付くと自然に人に対する攻撃心がなくなっていくと思います。人の悪い面ばかり見るのではなく、良いところだけをみるようになると、自分の良いところが見えてくるようになります。
 
 私たちは、いろんな価値観や固定観念を持っていますが、それらは生まれたときからあるのではなく、成長する過程で、親や友達、テレビ、本、教育、宗教などいろんな情報を取得することによって形成されたものです。
 ですから、これからは、自分が主体となって、情報を選択し、より質の高い情報に触れるように心がけてはいかがでしょうか。
 サイトを見ないようにしていることは、ご立派なことだと思います。それを、これからも続け、見ているとやさしい気分になれるようなサイトを見るようにしてはいかがでしょうか。
 
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 その現象なんだったかなー?見つけ次第回答に残そうと思いますが一種の集団暗示的なものです。

所謂集団空気によって心理状態が捻じ曲げられるというものです。これがテレビだろうがニュースだろうがその集団感情が伝わって自己信念に影響を及ぼす現象です。実は自分の小中・青年期の一時的な次元で大いにお目にかかったのでよく分かります。特に僕自身が運が悪かったのは集団でそのような心理状態へ移行したという現象です、おそらく大抵の人は小集団の悪の集まり位ならお目に掛かったことぐらいあると思いますが、たまに自分と同じ境遇の人をネット中にお目に掛かるのですが大集団でした、このことを語りはするのですが大抵は「お前に原因がある」で終わりです。大集団に問題があるというのは個人のお前に原因があるからだとそういう理屈です。そりゃそうです小集団か個人レベルの異常性にしか出会ってきていない人からしてみれば僕の言っていることの方が疑わしく思っえておかしくないです。
 もっと凄いのは「集団にはかなわんのだから空気読んで合わせろ」とこうです。「そりゃあ空気読んでるから異常だと理解できるわけだからその辺はわかるけど「合わせろ」って・・お前なに考えてんだ普通じゃねーんだぞ?お前みなが鳥インフルエンザに感染したらお前も感染するのか?」と言いたくなりましたが(実際は言っていませんよ、それに近いことは言ったかも)通用しやしません。ここの解答欄にも「(叩くことは)当然と考えて良いのではないでしょうか」とか書いてる人もいますけど、そのように信念が捻じ曲げられるんです。まあ叩き方にもよりますが2chは酷いですね、あれを当然と思うのは一種異常だと感じておそらく問題ないと思います。ご自身は悪的ウィルスの感染をかろうじて逃れたのだと思います。>こういう考え方を治す方法ってありますか?>簡単ですそのまま関与しないことです。こういうのは本当どこにでもありますよね悪徳宗教、メディア、等集団の閉鎖的領域に属しているとそうなります。要素として他人の評価、集団性、不安の要素等だろうと思います。無論他人の評価や集団性、不安の要素等に感化されるのが悪いのではなく、あくまでどのように影響されているのかが問題ということになると思います。
http://www.happycampus.co.jp/docs/962450015628@h …
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4167306034/re …
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私も「痛いニュース」は見ていますので、仰ることはよくわかります。


自分のことを、「だいぶ毒されてきたな」と感じることもままあります。

〉深く考えるとやはり叩くのは当然だ、と思ってしまいます。

極論になりますが、深く考えてそうなるなら、やっぱりもともとの対象がそう捉えられて当然と考えていいのではないでしょうか。
それは脊髄反射的に叩こうとしているのとはわけが違うのですから。
ある種の思考が反射的に出てくるにしても、そのようなご自身の傾向を把握して、それを行動として表に出さないように自制できるのであれば、それで十分だと思いますよ。

その代わりに「深く考える」ということについては常にご自身で懐疑的になり、研鑽を詰まれるべきだと思います。
物事の原因と結果を取り違えたり、部分を見て全体を語ってしまったり、情報を恣意的に選択してしまったなどなど、日常的なレベルでも誤った思考・言説を生じさせる要因は多々あります。
そうした過ちを犯してはいないかを確認しながら考えれば、そんなに無茶苦茶な結論にはいたらないでしょう。
ただ「頭が興奮してきて」というのはちょっといただけません。
批判・指摘は冷静にすべきです。

ある特定の価値観が形成されてしまった場合、それを消そうとするのはなかなか難しいです。
しいてやるとすれば、反対の価値観で上書きするぐらいでしょうか。
今回の場合で言えば、「韓国は素晴らしい!」とかいう情報に積極的に触れたり、「匿名掲示板は仮想世界から出てこられない卑怯者の集まりだ」とかいう記事を読んだりすればいいのです。
ただ、そうやって形成された価値観は、韓流スターを見てすぐに「死ね」と考えるのと同じぐらい不健全です。

せっかくご自身の危険な兆候を自覚できているのですから、特定の情報をまったく避けようとするよりは、適当な距離の置き方を学ぶいい機会として活用されればいいのではないかと思います。
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私自身は、ずいぶん前に、心理学など学問系カテゴリーを少々覗いた程度で、それ以外は「●ちゃんねる」というところを殆ど知りません。

知りたいとも思えない、興味ないです。

伝え聞いたところでは、あちらでは、このサイトの「ウォッチング晒しスレ」なるものがあるんだそうで、そこから、いわゆる「叩き」行為を やるために、こっちに流れて来てるんだそうな。
たいがいコトバづかいが下品と言うか、しごく独特だったりしますので、すぐに それと窺い知れることが多いです。
ほんと、他人の良い所を見つけて誉められる人になるよう、心を入れ替えてもらわないと、と私も思います。
また、「そういうオマエは どうなんだ」などと言い出したら、そこからがグルグル不毛に循環するだけの始まりになってしまうので、何もないところから始める者の責任は重大だと思います。

ところで私の場合、わりに最近まで、個人的に かかわっていた あるサイトが、参加しているうちに、サイト本来の趣旨と噛み合わない、とても変な雲行きになってきたことから、何度か違和感を表明したにも かかわらず、ことごとく無視されたうえ、最終的には、中心的存在であったはずの人物に罵倒されるという事態に至った、ということがありました。
その後は紆余曲折のすえに、そのサイトと二度と関わらないことに決めていたのですが、一度目のときも二度目のときも、距離を置いた私のことをネタに、いつまでも延々と話題にし続けるのです。もちろん、先方は自分たちが良いほうに まわっての発言です。こういうところは何かに似ている…と思いました。
たとえば、あらゆる暴力的な組織から抜け出すときに、必ず何らかの抵抗にあって、危険な めに遭わされたり、非常に不愉快な思いをさせられたり、などの経験談を見聞しますが、要するに、服従を拒んで抜けていく元仲間を、裏切り者のように扱う、それと共通したものが感じられたのです。
それが、いくつか、全く別の場所においても、特定の人が同様なことを繰り返したり、またストーキング行為という かたちでの継続がありました。これは、張本人自身がハッキリ認めたことで、挑発としての行為に他なりません。
その言質を私は全て記録してあります。
ですから自信を持って強い態度に出られるのです。

そういえば、彼らも●ちゃんねる参加者だそうです。

いま私がハッキリと断言できることは、本来の主催者が管理責任を完全放棄してしまっていたことが最大の原因です。
言わば、そこに つけ込まれて、居残った者に私物化されてしまっていた、というのが実態でした。ここまで突き止め、阻止するのに、なかなかの時間と労力を費やしてしまいましたが、いまにして振り返ると、その言質の記録を やり続けてしまったために、かえって、自らも泥沼に浸かるような状態に陥っていた面は あったのだと思います。

個人的な怒りだけなら、本来は泣き寝入りの かたちを選んだであろうと思いますし、ふつうは、自分の身を守るために、そのほうが賢明だと言うでしょう。実際、多くの人が そういう意見でした。
しかし、それよりも、中心人物が、世間で言う、高い学識を有する、指導的立場の専門家の領域に所属する人物ということでしたので、これからのネット社会を考えたとき、悪質なものがある、本人たち自身が気づいていないと思い、敢えて泥沼を厭わなかったのですが、まさに、体を張るほどの戦いでした。最近になって、ようやっと表面上だけでも離れてくれつつあるのを感じます。
いろいろと識者の話など伺うと、どうもカルト的な傾向のあるサイトと化していたらしいです。サイトの最初の姿から大きく かけ離れてしまっていたことは、もちろんでした。
http://blog.tatsuru.com/2008/06/11_1020.php
http://blog.tatsuru.com/2008/07/13_1025.php

>深く考えると死ねと思うのが当たり前なのだというような考えに行き着いてしまいます。

深く考えると、なぜ、そういうことに行き着くのか、このあたりは、私には、よく理解できないのですが、
質問者さまは、そのような場に長らく入り浸っていたというのは、そこが初めての場所だったのではないですか?
それならば、白紙に、その場所の色をベタベタと塗りたくるようにして、変な影響を受けてしまっているのではないかとも考えられます。ある種の優等生気質と言うのでしょうか往々にして、他者からの影響に染まりやすい人ほど、「脊髄反射的思考回路」なるものが身についてしまうのかもしれません。
そういう思考回路を受け入れ、染まってしまったことの本当の原因を考えてみてください。
そもそも、そうした、自分よりも圧倒的に大きい存在と思っていたものに対して、無防備、無批判であったのだということはないでしょうか?

私の場合と質問者さまとでは、また、動機の異なる面があります。
質問者さまの場合は、幸い、もう少し単純なものであって、戦うのではなく、あくまで御自分サイドの「治したい」ということでしたら、すでに御自身で気づいていらっしゃるように、一も二もなく遠ざかること、これ以上の影響を遮断すること。これに尽きます。でないと、いくらでも調子が狂いっぱなしになりかねません。
本来の御自分が備えていらっしゃる、まっとうな お考えを共有できる人たちとの交流を重視することです。
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2ちゃんねるで癖がついたどころか、じつはそれがもともと質問者さんの素なのではありませんか。


そういうことを面白いと思い、興味があるから、熱心に見ていたのではないですか。
いつでも他人の良い所を見つけて誉められる人になるよう、心を入れ替えないと、治らないと思います。
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最低というより、匿名の集団心理ではないでしょうか?


誰にでもあることです。
私も似たような経験があります。
しかし、匿名だからと言って何を書き込んでもいい訳ではないでしょう。
モラルの問題と言えばそれまでですが、
こう考えればどうでしょう。
ご自分が一方的な批判や、中傷されて嫌なことは他人も嫌なのです。
人は皆、異なった考えをもっています。
自分とは違う考えの人がいるな、とか、
自分とは合わないなと、思えば良いのではないでしょうか?
叩く行為を最低と考えられるあなたは、素晴らしいと思います。
特定の事柄は、ご自分で叩かなくとも、思うだけで見ているだけでいいのではないでしょうか?
私はネットの世界は数多くの良識有る人々によって成り立っていると考えています。
そうでなければ、放棄して二度と近づきません。
中には違った人もいますが。
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こんばんは。


satokiさん自信、韓流スターを見て「死ね」と考えるのは最低だと思っているのですから、それをとっかかりにして治していけば良いのです。
答えは出ています。
2ちゃんねるを見ないこと。
そしてそれ以上は自分の考えに疑問があっても、深く考えないこと。

それでも深く考えてしまい、叩くのが当然だと思ってしまうのは、多くの物事の考え方を知らないあなたに、2ちゃんねるに書き込みをしている一部の人が一部の考えを植え込んだからでしょう。
ですから一つの事柄に対して自分の考えを疑い、学ぶことをせずに、最もらしい見解を述べている一部の方の考えに行きついてしまうのだと思います。

まずは、「叩く思考回路が身についている事柄」に対し知ろうとなさってはどうでしょうか?
そうすることで自分自身の考えが身につき、他の人の意見を自分の意見と混ぜることなく考えることができるはずです。
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「2ちゃんねる」というオンラインゲームのプレーヤーだと思って、割り切ったらどうでしょうか?



あくまで2ちゃんは架空の世界なのです。
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