質問

質問者:twopence 木曜洋画劇場の「刑事ジョン・ブック 目撃者」について
困り度:
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12月5日放送の木曜洋画劇場でハリソン・フォードが出演している
「刑事ジョン・ブック 目撃者」(1985年)を見ました。
なかなか面白かったのですが、ちょっと気になったことがありました。

キネマ旬報のデータベースも読んだのですが、分からなかったので
質問させて頂いています。
http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/index.cgi?ctl=each&id=2867


結末は、刑事のジョンが車でアーミッシュの村を去る…という所で、
プツッと終ったのですが、ビデオ等のノーカット版でも、
この場面で終っているのでしょうか?
ジョンとレイチェルのその後のシーンはないまま、
ジョンが車で去った所で、映画は終りなのでしょうか?
(ちょっと物足りない感じがしたのですが…)
ご存知の方、教えて下さい。
またこの映画を見た感想も教えて頂けると嬉しいです。


この結末の解釈としては、ジョンとレイチェル両想いだけれど、
レイチェルはアーミッシュの規律を破ることが出来ないので村に残り、
ジョンだけが自分馴染みの生活に戻って行ったという事ですよね。

テレビで映画を放送する場合、時間の都合でカットされる場面があるのは
仕方がないと思います。ただ木曜洋画劇場の場合、エンディングもなく、
プツッと終ってしまうので、唐突に物語が終る感が否めないというか、残念です。

数ヵ月前に放送された「身代金」という映画も主人公が犯人を射殺して妻と抱き合った所で終り、CM画面になったので「この後もう少しエピローグは無いのかな?」と思ったものです。
質問投稿日時:02/12/06 00:52
質問番号:421365
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回答

良回答20pt

回答者:MONKEYMONKEY さっき、「よそ見をしながら」TV見てました。たぶん元と同じエンディングだったと思います(数秒ぐらいのカットはあるかもしれませんが)。
少なくとも元々「ジョンとレイチェルのその後」というのはありません。物足りなかったですか?ジョンが車で直した鳥小屋(でしたっけ?)の脇を通り抜け、アレクサンダー・ゴドノフとすれ違って、ゴドノフがあっさり軽い挨拶をして車が小さくなって終わりですよ(かなり確信をもっていますが、万一違ったらごめんなさい)。

僕はあの映画はかなり好きです。
ラストも好きです。
恋愛映画的側面としては
二つの別世界の男女が近づくが、やはりできないという話。ハリソン・フォードは彼の姉に言わせれば「自分が何でも正しい」と思っていて「俺がやらねば誰がやる」という根っからの刑事。ついでに「他のやつらは犯人を取り逃がすへぼ刑事だ」とも言ってます。この性格こそがこのドラマの主役の性質の大黒柱で、こう言う性格だからこそこのドラマはおこったともいえるでしょう(なあなあの人だったら自分の命や周りの危険を心配し事件を追及しない。実際追求のせいで同僚は殺された)。
アーミッシュというのはこれとは反対に非暴力主義。どんなに観光客にバカにされてもさからわない。キリスト教の「なぐられたら反対のほほをだしなさい」というやつの延長線上でしょうか。
ハリソンとアーミッシュはそうした反対の性質をもっている。
アーミッシュがソフトクリームをつけられても抵抗しない姿を見たハリソン、観光客を殴ったハリソンを見たアーミッシュは共に「共生はできないな」と悟った瞬間だったのだと思います。あのシーンは警察がハリソンの居所を特定する決定的要因になったという意味と同時にアーミッシュと刑事が根本的に主義が違うという事をあらわした瞬間だったと思いました。

アーミッシュの世界では非暴力主義が通せます。もし暴力をおこす人がいれば宗教的教義に反し、村八分にあいます。そうして非暴力主義は守られます。
しかし、一般の世界ではそうはいきません。ハリソンの上司はめでたく捕まりましたが、それで終わりでしょうか?決してそうではありません。ハリソンがアーミッシュの村で楽しく家を作ったりレモネードを頂いたりしている瞬間にも又次の悪人が犯罪を犯しているかもしれません。ハリソンが上記のような性格だったからこそ上司を捕まえ、レイチェルやその息子を守る事ができました。が、そんな性格だからこそ、ハリソンは帰るのだと思います。「俺がやらねば誰がやる」という事です。レイチェルからしても、そういう「正義の男」に惚れたんだと思います。だから「帰る」のはよーくわかっている。そして、レイチェルも仮に都会に行って、ハリソンとともに暮す事はできないでしょう。なにしろ都会にちょっと行っただけで、息子は殺されかけたという経験をしたわけですから。現にハリソンは「俺が残るか、君がくるか」という提案らしきものをしています。レイチェルはそれに無言の返事をしました。つまり行けないという事です。生まれた時から骨の髄まで非暴力主義でつらぬかれたレイチェルは暴力の都会で生きては行けないのだと思います。
そうしてその別れはお互い相手の事を尊重したわかれで、とてもよかったなと思います。
種類:回答
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:02/12/06 01:40
回答番号:No.1
この回答へのお礼丁寧な回答ありがとうございます。
テレビだからカットされていた訳ではなく、元から、あの終わり方だったのですね。
参考になりました。教えて頂いて嬉しいです。

エンディングに、そのまま入ってくれれば、違和感が無かったかもしれないですね。
プツッと終ってCMになってしまうのが、私が物足りないと感じた原因なのかもしれません。

ジョンとレイチェルには、お互い、自分の築き上げてきた生活がある訳で、単純に一緒になればOKという訳ではないですからね。
映画の感想まで丁寧に書いて下さりありがとうございました。

ハリソン・フォード出演の映画は、実はスター・ウォーズ旧三部作しか、ちゃんと見たことがなかったのですが、今回の映画も中々面白かったので、見てよかったと思いました。

回答

良回答10pt

回答者:minarai ずいぶん前に観ました。
「その後」のようなシーンはなかったです。

この作品を見たときに、まず「アーミッシュ」というのがわからなかったので、今ひとつ理解できなかったのを覚えています。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:02/12/06 23:07
回答番号:No.2
この回答へのお礼アドバイスありがとうございます。
確かに、アーミッシュは、昔ながらの生活を守りつづけている人々なので、
あまり馴染みがないですね。
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