質問

質問者:245689731 弥次喜多道中のころの風呂はどんなのだったのですか?
困り度:
  • 暇なときにでも
今晩熱い風呂に入っていてふと思ったのですが弥次喜多道中では五右衛門風呂に入るときにたしか下駄を履いて入るとか言った話だったように覚えています。
 
逆に考えればその当時江戸では下駄を履かずに他の入り方沸かし方があると判断できます。書いてあったのかもしれませんが忘れています。そこで、それはどんな風呂だったのでしょう。
質問投稿日時:07/03/14 23:44
質問番号:2833909
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回答

良回答20pt

回答者:carwing 喜多さんが失敗したのは小田原の旅籠でですが、彼らは江戸の住人です。江戸では銭湯が一般的ですから、地方にあるような五右衛門風呂は初めてだったわけですね。
江戸の銭湯は今と同じように湯舟がありました。
詳しくは参考URLをどうぞ。
種類:回答
どんな人:一般人
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回答日時:07/03/15 02:48
回答番号:No.2
参考URL: http://www5.ocn.ne.jp/~ukiyo26/yuya1.html
この回答へのお礼 
ご回答ありがとうございました。
 
現在昔風の丸い五右衛門風呂ではなく四角い五右衛門風呂を使用しておりまして、ふと疑問を感じましたので質問致しました。
 
 

 

回答

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回答者:k99 たぶん銭湯だと思います。火災防止の観点から、基本的に庶民レベルでは内風呂というものがありませんでした。
現代の銭湯と異なるのは、入口が「柘榴口」といって屈んで入らないといけないことなどでしょうか。
こんな感じです。
http://www5.ocn.ne.jp/~ukiyo26/yuya1.html
http://www.1010.or.jp/menu/history/rekishi05.html
種類:回答
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:07/03/15 02:49
回答番号:No.3
この回答へのお礼 
ご回答ありがとうございます。
 
いろいろとサイトを紹介頂きお礼申し上げます。
 
 
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