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 かつて植物学者であった昭和天皇は、つねづね「雑草という草はない」
と語っておられたそうです(入江 相政《宮中侍従物語》他に諸説)。
 これをもとに、雑用や害虫や猛獣も存在しないという人もいます。
 
 ほんとうに、分類学では“雑草という概念”は不必要なのでしょうか。
 われわれの日常業務では、分類不可能な事例が多く、“その他”とか
“未決”“雑件”というファイルなしには処理できないのですが……。 

A 回答 (6件)

 私も雑草のことを深く考えたことが無かったのですが、雑草について研究することになり、教科書を読みました。


 No.1~No.5の回答された皆さんはおおむね 1.人間から観た意識や価値に基づいて「雑草」と判断しているかと思います。確かに、雑草についての関心は作物生育(人間が育てた植物の生育)を妨害する植物として捉えて、それらを抑え込むことに重きをおいていました。よって、研究分野では作物生育を妨害する雑草の防除・管理方法などを主眼として置かれていました。
 一方で、雑草を 2.植物としての特性にたって判断することも可能です。つまり、いわゆる雑草は「人間の活動によって大きく変形された土地に自然に発生・生育する植物」であり、「絶えず外的な干渉や生存地の破壊が加えられないとその生活が成立・生存できない特殊な植物」でもあります。必ずしも人間の立場に立たなければ分類できないわけではありません。
 科学的に「雑草」として分類したいのであれば、1だけではなく2の考え方もあり、つまりいわゆる雑草を「雑草」と分類することは可能かと思います。
 
---参考---
朝倉書店 雑草生態学 (本回答文章の一部にも引用しています)
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この回答へのお礼

>外的な干渉や生存地の破壊が加えられないと/成立・生存できない<
 ゴキブリやネズミは、人類にとって不倶戴天の仇敵であるとともに、
数万年におよぶ旧友でもあるわけで、とても重要な観点ですね。
 
 この質問で感じたのは、今後Q&A掲示板では、ネットで得られない
回答“Without Wikipedia”が貴重になるかもしれませんね。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2772749.html

お礼日時:2007/02/21 21:07

雑草という概念は分類学とは別のところに存在します。

たしかに分類学には雑草という概念は存在しません。現在の分類学では、共通の先祖からわかれた種を一つの分類群として扱う分岐分類学の考えが主流です。姿がいくら違おうが、先祖が共通なら同グループです。

では雑草とは何かというと、ある生活型をもった植物です。人間がある意図を持って管理しようとしている土地で好んで生育する植物が雑草です。分類群とは全く関係がありません。イネ科でもキク科でもマメ科でも、あるものは作物、あるものは雑草。人間による管理、というファクターを抜きにして雑草は語れません。

雑草のようにたくましい、などという言い方をよくしますが、人間の住まない地域にはいわゆる雑草はほとんど分布しません。日本に関しては、日本の風土に元々乏しかった人工的な環境に適応して繁茂するのが雑草です。というわけで、外来種が多いことも特徴です。湿潤な日本には見られなかった乾燥地が原産の植物が多いようです。

昭和天皇の言説を直接見た訳ではないので推測ですが、有用植物だけ一生懸命分類して、邪魔な植物を一緒くたに「雑草」として扱い、一顧だにしない学問的態度に苦言を発したのではないでしょうか。分類学とは別のところで、人間の生活との関わりの中で、雑草という概念には重要な意味が存在します。
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この回答へのお礼

>人間の住まない地域にはいわゆる雑草はほとんど分布しません<
 なるほど、日本式庭園“枯山水”の意図が少しばかり理解できますね。
 みなさんの回答からキーワード探索して、つぎの書名を発見しました。
 
── 笠原 安夫《日本雑草図説 1968-1972 養賢堂》
── 沼田 真/吉沢 長人・編《日本原色雑草図鑑 1983 全国農村教育協会》
── アメリカ合衆国雑草学会・編《Composite List of Weeds 1984 Weed Science Vol.32 Suppl.2》
http://wssj.jp/DB/weed_name/weed_name_list.html

お礼日時:2007/02/09 09:24

分類学上「雑草」という概念は必要ありません。



分類学的な発想ではありとあらゆるものに名称がつけられ、種類別にまとめられ、まさに「分類」されなければならないのです。
不必要どころか「雑草」とか「その他」といった概念は存在してはならないのです。
(新しく発見された植物が新種認定されるか、既知の植物と同定されるまでの間は「未決」という場合もありえますが)


一般通念上の「外国人」というものと近い感覚かもしれません。
通念上は「外国人」と言っていても、国籍上は「アメリカ人」や「中国人」であって、「外国」という国の人ではないわけです。
それと同じ事で、一般には十把一絡げに「雑草」といっていますが、実際にはきちんと分類されて名前がつけられているのです。
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この回答へのお礼

>「外国人」と言っていても、国籍上は「アメリカ人」や「中国人」で
あって、「外国」という国の人ではないわけです。<
 もちろん「アメリカ人」という民族でない「アジア系アメリカ人」も。
 
 ダーウィンがガラパゴス島に上陸したとき、彼の目に映ったものは、
おそらく“未決”の動物ばかりではないでしょうか。
 それとも、名前のない生物は、存在しないということでしょうか。

お礼日時:2007/02/09 09:23

分類学では雑草という概念は不要だと思います。



雑草はヒトにとって有用・無用で区別されますが,ヒトを中心にした分類を人為分類といいます。

それに対して現在では進化の過程を背景にした分類が行なわれています。それは生物を理解するためのひとつのアプローチだと思います。

たとえばウマとウシとサイを分類するとき,分類学ではウマとウシを家畜とひとまとめにすることはありませんが,家畜というカテゴリーは役に立ちます。分類学ではウマとサイは蹄(ひづめ)が奇数で同じ仲間,ウシは蹄が偶数で別の仲間となります。

#1さんの言われるように「雑草という名前の草は無い」と理解すべきでしょうね。名前を知ると少し親近感というか,愛着が出たりしますよ。
「あ,こんなところにコニシキソウ」といった感じで。ただ,畑などの雑草であれば憎らしいだけかもしれませんが。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%86%E9%A1%9E% …
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この回答へのお礼

>「あ,こんなところにコニシキソウ」<
 いまだに“草むしり”という作業も慣用句もありますからね。
 ゴルフ場などは、一匹の虫もいないほど手入れされています。
 
 成人した日本人と中国人の区別は困難ですが、赤ん坊のお尻には、
日本民族と蒙古民族の祖先に共通する“蒙古斑”があるそうです。
 ただし、わたしは確認したわけではありませんか……。

お礼日時:2007/02/09 09:22

分類学というものが


そもそもその他という概念をはぶいて
どんなものでもどこかのカテゴリーに当てはめようという
概念ですので・・・・
その他とか未解決というのは存在しえません。
その他ならその他に、未解決には未解決に名前をつけて
分類していくのが分類学です。
もちろん
そのわけ方が、流派、学派によってちがうことはありますけどね。
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この回答へのお礼

>未解決には未解決に名前をつけて分類<
 管理職の机上に、毎朝運ばれる書類箱があり、内箱を“未決”として、
外箱に“既決”と書かれています。
 
 一日の業務が終ると、外箱を空にして内箱にかぶせ、翌朝あらためて
運ばれる仕組みです。したがって日中は、机上に拡げられている書類は、
未決と既決の中間にあり、おそらく“保留”と呼ばれるはずです。

お礼日時:2007/02/09 09:21

日常業務と、生物学上の分類をごっちゃにする感覚がよく解りません。



生物学は分類で成り立っているようなもので、例えば1羽だけ見つかった鳥が新種認定される事もあります。分類学とは文字通り分類をする学問ですから、「その他」という概念はふさわしくありません。

昭和天皇が言った事は、「雑草と言えども名前がある」という事だったと思います。日常業務でも、分類をしないという事は業務怠慢のような気もしますが。
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この回答へのお礼

>日常業務でも、分類をしないという事は業務怠慢<
 そもそも留守にされていた陛下が戻ってみると、気を利かせた侍従が
「雑草を刈りました」と答えたのが、このエピソードの発端です。
 
 侍従にとっては、当然の日常業務であったところ、生物学者の陛下が
「それは、かくかくしかじかで、よくない」と、悪戯っぽくたしなめら
れたのでしょう。ご両人は、きわどい冗談も通じる間柄だったので……。

お礼日時:2007/02/09 09:17

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