質問

質問者:noname#32410 東海林太郎、岡晴夫、渡辺はま子。好きな方。
困り度:
  • 暇なときにでも
 みなさん こんにちは。

 先日、ナツメロの質問をして締め切った際に、
ポイントを差し上げることに失敗した、「バカ者」です。

 最近、ナツメロのCDを買って聞いております。

 その中で私は、東海林太郎さんと、岡晴夫さんと、
渡辺はま子さんの歌に、すっかり「トリコ」されてしまいました。

 質問タイトルの通りです。

 東海林太郎さん。
 岡晴夫さん。
 渡辺はま子さんの歌が好きな方へ。
 どの歌が好きですか?。

 曲名と、できることであれば、
その曲の感想(何でもいいです。)を教えてくれたら嬉しいです。

 また、ポイントの進呈に失敗するかも知れません、しかし、
お礼の返事は遅れますが(土曜日位)、必ずさせていただきます。

 よろしくお願いいたします。
(質問初心者のため緊張しております、どうかお手柔らかに。) 
質問投稿日時:07/01/18 19:22
質問番号:2676546
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回答

良回答20pt

回答者:comon-suki このお三方の個人的な思い出を・・・。

東海林太郎さんの”赤城の子守唄”。
♪泣くな〜よしよしねんねし〜な山のからすが・・。
明治1桁生まれの祖母が、昭和1桁生まれの兄に子守唄として
歌ったと良く聞かされました。
兄は祖母の背中で,眠らないで、シクシク泣いたとの事です。

”野崎小唄”
♪野崎参りは屋形船で参ろ〜
始めてみた祇園の舞子さんが,商店街のお祭りに来て、絵日傘をさして,踊っているのを,見て強烈な印象を覚えました。
歌舞伎(お染め久松)を見ていても、この曲が頭に浮かんでしまいます。

”むらさき小唄”
♪流す涙が,お芝居ならば〜
大衆演劇の”雪之丞変化”の芝居には挿入歌として
女剣劇などの,踊りには,この曲がよく使われていました。
東海林太郎さんが直立不動で歌われているのに,女形の妖艶な踊りが浮かんで来ました。好きな歌です。

”国境の町”
たしかイントロにシャンシャンという鈴の音色が
あったようにも思いだします。
LPで覚えた歌です。
昭和40年代にステレオ(木製の艶のある豪華な家電製品)とLPが、
流行って、それで聞いた記憶があるのですけれど・・。
それも保存してありますが、プレーヤーが我が家には
ありませんので,まだ聞けるのかな??

渡辺はま子さん
多分横浜の出身ですよね・・。
私の中学時代の音楽の先生が、音大時代に,後輩だったとのこと。
とてもきれいで、美声だったと,話されていました。
まだ学校内で,流行歌を歌う時代ではありませんでしたが、
その先生は、”何日君再来”や”夜来香”の、メロディや、
”モンテンルパの夜はふけて”(一番好きです)などの,逸話を話してくださいました。
大きな鳥の羽の扇子をもって、歌う姿は、凛として,素適でした。

”港の見える丘”
横浜にはそんな場所は幾つもありますが、
命名されたその丘に、はま子さんの家はお近くだったと思います。

岡晴夫
あの鼻にかかった、澄んだ歌声と小柄な姿は、
テレビの普及がもう少し早ければ・・・。存命されていれば。
もっと今の時代に印象に残っただろうと残念ですね。

その後の世代の女性歌手が,好きですので、特別にこの歌が大好きというのではないですが、不思議と,歌えてしまいます。
当時ラジオから毎日聞いた曲は忘れません。

私もまだ1度も質問をしたことはありません。
なにか失敗しそうで,怖いんです。
結構年令制限があってなかなか参加できません。
私も参加出きる質問は楽しみです。
どうぞ頑張って沢山このコーナに来てください。
種類:回答
どんな人:経験者
自信:参考意見
回答日時:07/01/20 10:32
回答番号:No.4
この回答へのお礼 こんにちは、回答していただき感謝します。

 comon-suki様も私の大先輩のようですね、私のような小童を相手にして下さり、ありがとうございます。

 東海林太郎さんの、赤城の子守唄にそのような思い出があったのですね、泣いちゃいけない、ねんねしな〜。という歌が逆効果になっていまったのですか?、comon-suki様の祖母様が、お兄様に、きっとこの歌を優しく歌って聞かせてあげたのでしょうね。

 今回紹介してくださった野崎小唄は、赤城の子守唄とは対照的にとても明るい印象を受けました。

>始めてみた祇園の舞子さんが,商店街のお祭りに来て、絵日傘をさして,踊っているのを,見て強烈な印象を覚えました。
歌舞伎(お染め久松)を見ていても、この曲が頭に浮かんでしまいます。

 なんとなく分かります、今、私はこの文章を見て、神楽坂はんこさんが歌う、芸者ワルツを思い出しました。神楽坂はんこさんが、両足のヒザを少し曲げながら、扇を大きく開いて舞い踊る姿をはっきり覚えております。あの姿はもはや芸術だと言っても過言ではないと思います。

 むらさき小唄は、ごく最近覚えた歌です。現在の歌は、恋愛ものが主流ですが、昭和初期でも、恋愛ものの歌があったのですね、そう言えば、comon-suki様が教えて下さった、影を慕いても恋愛(純愛)の歌ですね。しかし、同じ恋愛ものの歌でも、昔の歌の方が高尚な気がするのは私だけでしょうか?。
 
 国境の町・・・
>昭和40年代にステレオ(木製の艶のある豪華な家電製品)とLPが、

 ということは、comon-suki様の家は余程お金持ちだったのですね〜、ビックリしました。今のコンポにはプレイヤーがないのが欠点ではないでしょうか?、レコードを聴くためには、1万円くらいのプレーヤーを買い足す必要があるからです。

 渡辺はま子さん、
>大きな鳥の羽の扇子をもって、歌う姿は、凛として,素適でした。

 そういえば、蘇州夜曲でも、渡辺はま子さんは、大きな扇子を持って歌っていたような記憶があります。港が見える丘は知りませんでした、もっと勉強します。

 岡晴夫さんも偉大な歌手でした、今後もこのような歌手が現れるのは難しいのでは?、と思っております。惜しいですね。

 文字数が、もう1000を超えてしまうので、この続きが書き込めないようです。

 また、必ず来ます。

 本当にありがとうございました。

回答

良回答10pt

回答者:noname#24488 >kamehameha1941様が、不快になっているのではと気にかかります
 全く・・・不快などとはとんでもありません。
 「あざみの歌」はおおせの通り名曲です。それと、「山の煙」も・・・。二つともNHKの素人喉自慢によく歌われていました。
 伊藤久男も声量たっぷりでよかったです。
 灰田勝彦はたしかハワイの二世だったと思います。「新雪」は名曲でした。それと「山の人気者」もおもしろかったですね。子供のころ、このヨーデルのマネを沢山したせいか、今では音程が少し高くなると声がひっくり返ってしまい、鶏の首を絞めたような声が出て、まわりに笑われています。
 NO.2さんも相当な凝り性ですね。「五郎部俊朗」面白そうですね。
 「喜びも悲しみも幾年月」若山彰ですね。若い頃、この燈台守の映画を見てこのような夫婦になりたいと思いました。
 しかし、結果は無為徒食の「年金食い逃げジジイ」で終わってしまいそうです。すみません。
 楽しい話題を提供していただいてありがとうございました。
 
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:07/01/19 22:22
回答番号:No.3
この回答へのお礼 kamehameha1941様、再度の回答をいただき、感謝します。

 あ〜、良かったです。本意でなくとも、
ちょっとしたことでも書き間違うと、とんでもない誤解を招きますね。
 これからは、使う言葉に配慮させていただきます。

>NO.2さんも相当な凝り性ですね。「五郎部俊朗」面白そうですね。
 「喜びも悲しみも幾年月」若山彰ですね。若い頃、
この燈台守の映画を見てこのような夫婦になりたいと思いました。

 と、いうとkamehameha1941様は、私の大先輩なのですね、
喜びも悲しみも幾年月という映画を配給していたころは、私は生まれてはおりませんでした。
 そのような訳で、映画の内容はよく分かりませんが、確か、飛んでいる飛行機に女性が手を振っているシーンがあったような記憶があります。
 しかし、歌は良く知っております。この歌も昭和を代表している傑作ですよね〜、そればかりではなく、喜びも悲しみも幾年月の前奏の間に、コリンビア何とかさんが、『限りなく、人間の情を愛し、その愛の灯をともす燈台守の歌、木下忠治 作詞作曲、若原(間違えています。)・・若山彰が歌う、喜びも悲しみも幾年月!!。』これも名言だと思っております。

>灰田勝彦はたしかハワイの二世だったと思います。「新雪」は名曲でした。それと「山の人気者」もおもしろかったですね。子供のころ、このヨーデルのマネを沢山したせいか、今では音程が少し高くなると声がひっくり返ってしまい、鶏の首を絞めたような声が出て、まわりに笑われています。

 初めて知りました、灰田勝彦さんは、日本人にはない独特のオーラがありますよね、それはこのような理由があったのですね、納得です。このサイトは本当に勉強になります、最高です。

>結果は無為徒食の「年金食い逃げジジイ」で終わってしまいそうです

 あははは、私もkamehameha1941様のようになりたいです。
 そして、もっとナツメロの勉強をしてまた必ず参上いたします。

 本当にありがとうございました。
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