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ほかのカテゴリーで、「世界のことをよりよく知るには」という趣旨の質問に、「英語を勉強するより、聖書とシェークスピアをよんで、ラテン語を勉強するほうがいい」という回答を頂きました。

聖書とシェークスピアを読むというのは理解できるんですが、ラテン語を英語よりも重要といっているところが理解できません。どういうことなのでしょう?誰か教えてください。

ちなみに、もし、これがラテン語から派生した言語の習得が早まるということなら、それはやっぱり、一つ一つの言語を覚えていったほうが早いのではと思います。

A 回答 (9件)

 


>「世界のことをよりよく知るには」という趣旨の質問に

世界のことを「よりよく知るには」ということが、どういう内容を指しているのか、はっきりしていないと思います。地球上の人類の諸社会・諸文化について、知見を深めるということでしたら、それぞれの文化での、「古典」というものを、日本語訳でもよいから読むことが、まず、現地に行く以外では有効でしょう。

西欧文化なら、「聖書」を読み、ある程度キリスト教の知識が必要になります。シェイクスピアは、たいへん深い人間洞察がありますが、だからと言って、これを「聖書」と同じレベルで挙げるのは、西欧の教養人向け推奨ではないのですから、少しおかしいです。

中国の文化を知るため、「論語」や「老子・荘子」など、また、十八史略などを読むのがよいでしょう。また、イスラム文化を知るには、「コーラン」と、イスラム教・イスラム文化についての本がよいでしょう。また、インドは「バガヴァット・ギーター」ぐらい読んでおくべきでしょうし、仏教についての知識もあった方がよいでしょう。

その他、ロシアや、東南アジア、アフリカ、南北アメリカの文化を理解するための文化の解説や歴史解説の本などがよいはずです。「世界を知る」とはこういうことのはずで、ラテン語は、西欧文明を或る程度深く知ろうとすると必要になりますが、主題となる問題から言えば、少し関係がありません。

ロマンス語(フランス語・スペイン語)などの修得には、その前にラテン語を勉強すればよいなどは、暴論というか、分かっていないのでしょう。また古典ギリシア語よりラテン語の方が分かり易いなどというのも、分かっていてそういうことを言っているのかですね。実は、ラテン語の方が「圧倒的に難しい」のです。

それと、ラテン語の方が文法規定が厳密だというのは、それは事実ですが、だから、余計に厄介な問題が起こってきます。中世以降に書かれたラテン語は、はなはだ質が落ちたということが言われています。古典期ラテン語は、もっと端正で美しく、そして錯綜して複雑だったのです。

学問的言語として使うため、丁度、現在の英語が、ドイツ人英語だとか日本人英語だとか、その他、よく分からない英語のヴァリエーションができたように、ラテン語もヴァリエーションができたのと、「述べたいことを述べる」ための実用言語として使った為、質の低下が起こったのです。

古典語というのは、代表的には、ラテン語、ギリシア語、サンスクリット語、ヘブライ語などですが、これらは、古典語の形を学ぼうとすると、もの凄く難しいのです。近代語とは比較にならない難しさがあるのです。

これらは「高次教養語」で、ラテン語は、欧米文化の基礎の理解で、重要ですが、フランス語を学ぶよりラテン語と言うのは、ラテン語の難しさや困難があるのです。

「教養英語」をより深く理解しようと考える時、「聖書」や「シェイクスピアの作品」や、更にラテン語の基礎を知っていればよいというのは言えます。しかし、シェイクスピアの英語は相当難しいですし、ラテン語は、基礎でも難しいです。

欧米人と会って、教養を示したいのなら、こういうことも必要かも知れませんが、普通の程度の努力では、欧米文化系知識人には、対抗できません。従って、西欧の文化を深く知りたいという人が、シェイクスピアやラテン語を学べばよいので、世界を知るのに、それらは優先順位が低いです。

言語なら、英語が分かれば、まず十分なところがあります。他に言語をといえば、順不同で、スペイン語、中国語、フランス語当たりでしょう。

アラビア語は、それほど、現代の世界で一般性はありません。イランに行けば、アラビア語ではないのです(ペルシア語です)。イスラム教国は別にアラビア語を国語にしていません。サウディ・アラビアか、その周辺諸国、イラクなどが日常語にしている程度で、使用人口はそれほど多くありません。商業目的から外れても、世界的というなら、ヒンディー語の方が使用人口が多いはずです。ただ、インドでは、英語で通用します。

ローマ教皇の回勅はラテン語で書かれていますが、すぐに各国語に訳されます。(ラテン語は「死語」ではなく、ヴァティカンの公用語の一つです。またローマ・カトリック教会の高位聖職者のあいだでは、共通語です。最近のもっとも新しい「第二ヴァティカン公会議」でも、ラテン語で議論が行われました)。

>聖書とシェークスピアを読むというのは理解できるんですが、ラテン語を英語よりも重要といっているところが理解できません。どういうことなのでしょう?誰か教えてください。

そう述べた人の勘違いでしょう。また、まだまだ認識が足りないと言うか、西欧中心にしか考えていないようなところがあるようですね。

追記:

>さて、ラテン語は欧米言語の祖と言われますが、それよりも前にサンスクリット語というのがあります。これが印欧語族の祖先になります。

間違いだと思います。ラテン語は紀元前10世紀まで辿れますし、それ以前にもすでに存在しました。サンスクリット語は紀元前15世紀頃まで遡れます。古典ギリシア語も紀元前15世紀頃まで遡れます。印欧語の祖語は、サンスクリット語ではありません。祖語「復元」ということが試みられていますが、サンスクリット語が祖語なら、問題はないでしょう。(格の数で、サンスクリット語が特に複雑で、祖語に近いとは想定できますが)。

紀元前15世紀前後には、印欧語族の活躍がありました。カルデア、ギリシア、ヒクソス、ヒッタイト、これらの印欧語は、サンスクリット語と同等の古さです。
 

この回答への補足

フスハーでした…ごめんなさい。

補足日時:2002/06/05 15:43
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この回答へのお礼

丁寧に返答ありがとうございました。

僕の勉強しているスフハーは、政府機関、新聞の見出し以外ではあまり使われていないようです。アラビア語は方言が強いのです。

ヒンズー語について関心があります。
印度は多言語社会だと聞いたのですが、ヒンズー語の話者はそんなに多いのでしょうか?また、一般人が英語を話しているのでしょうか?また、どうして国連公用語に認定されないのでしょう?

バチカンでラテン語が未だ公用語のひとつとして話されているということは知りませんでした。驚きました。

お礼日時:2002/06/05 15:32

 


>アラビア語は方言が強いのです。

大分前に、本で調べたある挨拶の言い方を、アラビア語をよく知っているアラブ系の人に尋ねたところ、そんな言い方はない、とはっきり断言されました。わたしは、そんなはずはないと思った記憶があります。

方言的に色々あるので、「断言」は行き過ぎではないかということです。アラビア語は文字が覚えにくい上に、あるていど勉強しないと、母音点・ヌクタなしの子音表記では、全然分からないですね。

長いあいだ、パレスティナで福祉活動をして、日本に帰国した方に、アラファトから感謝の手紙が来たが、アラビア語の手紙が読めないので、訳してもらったという話もあります。

パレスティナで、20年以上活躍して、アラビア語の手紙が読めなくても通用したというのは、英語を主に使っていたのだと思います。無論、日常的な話はできたのだと思いますが。

>ヒンズー語について関心があります。

ヒンズー語ではなく、ヒンディー語です。世俗サンスクリット語です。パーリー語もサンスクリット語の崩れたものですが、初期仏典で使われます。現在は死語なのでしょう。または、パーリー語から更にヒンディー語になったのかも知れません。

>印度は多言語社会だと聞いたのですが、ヒンズー語の話者はそんなに多いのでしょうか?

古い資料ですが、1981年時点で、インド人口の40%、2億6千万人が使用とあります。これだと、インドの総人口は6.5億人です。いまは9億人かそれ以上いるはずで、9億とすると、その40%は、3億6千万人、使用者がいることになります。

10年前、あるいはそれより古いデータですが、世界の言語で、使用人数順には、

1.中国語     10億
2.英語      3.5億
3.スペイン語   2.5億
4.ヒンディー語  2億
5.ロシア語    1.5億
6.アラビア語   1.5億
7.ベンガル語   1.5億
8.ポルトガル語  1.4億
9.日本語     1.2億
10.ドイツ語    1億
11.フランス語   0.7億
12.パンジャービ語 0.7億

こういう資料があります。ロシア語使用人口は、増加がそれほど多くないでしょうし、アラビア語はもっと増えているはずなので、ロシア語の順位は落ちているはずです。ベンガル語は、バングラデシュの公用語ですが、インドでも使っています。

スペイン・ポルトガルは、中南米に膨大な使用者がいるのです。パンジャービ語は、インドの公用語の一つです。フランス語はもっと多いはずなのですが、クレオールになっているのかも知れません。

いずれにしても、ヒンディー語は、中国語、英語、スペイン語に次いで、第四位で、この位置は変化していないと思います。

なお、上の数字は、もしかすると、「母語」にしている人の数かも知れません。英語が3.5億人というのはあまりに少ないからです。アメリカ、英国、オーストラリアは英語ですし、カナダも半分ほどは英語ですから、この四国で、3.5億人かも知れません。

>また、一般人が英語を話しているのでしょうか?

教養ある人や、商業・観光産業関係の人は話すでしょう。インドでは、大学の講義は英語でしていたはずです。

なお、「インド英語」という言語があり、発音が幾分違いますが(ヒンディー語、パンジャービ語などに準じています)、文字で書くと英語と同じです。使用人口8億5千万人だそうで、インドの人口にほぼ等しいです。

>また、どうして国連公用語に認定されないのでしょう?

それは、国連に聞いてください。ヒンディー語を国連公用語にすると、インド国内の内政で困ったことが起こるのかも知れません。インドで過半数語がヒンディー語ではありませんから。

>バチカンでラテン語が未だ公用語のひとつとして話されているということは知りませんでした。

「ヴァティカン市国」のことではありません。ヴァティカン市国の公用語はイタリア語です。「ヴァティカン」というのは、ローマ教皇庁のことです。ここではイタリア語も使うでしょうが、カトリック高位聖職者の共通語は、ラテン語になるということです。

「死語」でない根拠として、ヴァティカンやカトリック高位聖職者は、実際に会話で使っているということです。また、もし公会議を開けば、集まるのは司教ですから、ラテン語が話せることは前提になっているので、ラテン語で、会議をします。

「宗教」に限定がありますが、研究用ではなく、実用の文章、例えば教皇回勅で現実に使用され、司教同士だと、英語(スペイン語等々)かラテン語で話ができるとなると、ラテン語が「死語」というのはおかしいということです。
 
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この回答へのお礼

詳しい説明ありがとうございました。

インドは人口が多い分、少数派の言語でも世界的に見ればものすごい話者数になってしまうんですね。

返答ありがとうございました。

お礼日時:2002/06/19 01:48

 問題となった回答者です。



 ご質問のタイトルは「持っていてどんな社会一般で有意な資格って」でしたね。
URL:
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=276228
 
>情報社会に向けての基礎作りと、英語ができれば何かと世界を移動するのに
>便利かなと思ったからです。数値で判断される社会なら、
>ないよりはあったほうがいいし。
 という理由から、初級アドミニストレーターやTOEICなどに挑戦される、とのことでした。ただ、狭義での認定資格だけでなく、一般人が持っていて何かと便利な資格、ということでしたね。
 私の回答の末尾の一文でご迷惑をおかけしたようです。
 英語を勉強するのなら、ついでに(英語で)シェイクスピアや聖書を読み、その文化的背景の一つでもあるラテン語もいっしょに勉強されてはいかがでしょうか、という意味のつもりでした。
 理由はいくつかありました。
 Evianusさんのお求めのものが何かはっきり把握できなかったこと、まだ誰も回答をつけていなかったので茶々入れに近い軽い気持ちで書いたこと、英語はともかく初級アドミニストレーターについては何かコメントするような立場にいなかったこと、これらの理由であの回答の最初に「私が思う、普遍的な便利資格。」とつけたのです。
 蛇足については、理由は教養・素養としての意味がありました。ご質問だけでなく、最近のEvianusさんの質問をいくつか拝見してもいましたので、それらから考えてそれほど即利的な回答でなくても良いのではないかと思ったのです。「世界のことをよりよく知るために」という意味だとは想像していませんでした。私の読解力が及ばず、困惑させたことをお詫びします。

 現在死語でもある、公用語としてはどこでも採用されていないラテン語について、詳しいことは#5のnabayoshさんがすでに述べてらっしゃいますね。
 英語の語源も辿ると「ラテン語で~の意味」などとかかれていたりしますよね。フランス語はよりラテン語的なのではないでしょうか。そういった面からも、nabayoshさんが仰るような教養としての面からも、近代に限らない西欧の世界を、より深く、体系的に知るために、有意義だと思ったからです。
 また聖書やシェークスピア、ラテン語に限りませんが、また私の知り合いに限るのかもしれませんが、現在でも有名な語句を会話の中で引用する方も珍しくなく、言われた時に、出典をご存知であれば単なる文字の羅列以上に意味があるのではと思う気持ちがありました。
 温故知新...この#5の回答は拝見するほど私の頭の中身をのぞかれたのかと不安になるぐらい、ずばりと言い当ててらっしゃいますね。
 また“欧米文化圏についてのみしか触れていない”ということについてもそのとおりです。これについては、Evianusさんをいじめることになっちゃうんですけど。
 質問文を拝見したとき、ちょっと「ぴくぴく!」とくるものがありました。
 英語を勉強すれば世界を旅行するのに役立つ…この言葉に、ちょっとひっかかったんです。
 私は他の方のような豊富な海外経験はありませんので、読んだり聞いたりしたことからものを言っていますが、英語の通じない国のほうがはるかに多いのではと思っています。確かに政治・経済・商業、インターネットの世界では現在英語が強いのですが、あの質問を読んだとき、質問者の顔は西欧だけを向いているのではないかと思いました。マイノリティーたる自分としては見過ごせない!というイジワル心もちょびっとあったんです。
 
 世界は広く、めまぐるしく、古いものも新しいものも興味のつきないところです。別に西欧だけに向いていたってイイと思います。それだったら、というつもりでラテン語をお勧めしたんです。ギリシャ語より簡単だし。  シェークスピアは趣味ではないのですが、登場人物が多いということ、作品が多いこと、古典で知名度が高く、名文句が多くよく引用されること、また父のガールフレンドが勧めてくれたことが理由です。

この回答への補足

追加:
P.S.のところで中国人と話すときもっとも現実的な言語は英語と書きましたが、それは、将来多くの人が中国人と接する時を想定して考えました。ビジネスの上では英語が重要なんじゃないかなと。

むろん、中国人とより深い関わりを持つためには中国語の学習は欠かせませんが。

補足日時:2002/06/03 20:36
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この回答へのお礼

はじめに、前回の回答また、今回の回答で僕のちょっとした疑問に親身に答えていただきましてありがとうございます。


前回の質問文で僕の書いた「世界を移動するために英語がいい」という内容のものを、今回の質問で「世界のことをよりよく知るため」と不完全に引用したことを誤りたいと思います(だって、こんなに詳細に返答していただけるとは思っていなかったから&Yusuraさんの回答が実利的なものというよりももっと深いところの内容の回答に思われたからです)。当時の一連の回答は即時的なものではありませんでしたが、Yusuraさんに答えていただいた前回の質問は例にTOEICやインターネットの資格というものを書いているように、少し即時的な事を考えていました。

(参考)前回の質問です: http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=276228



なんだか、丁寧に批判されているのですが…。西欧、英語の件ですが、いうまでもなく圧倒的多数の国で英語は話されていません。また、英語が公用語とされている国であっても、実際使用するのは政府や官僚などの上層部や、ビジネスに関する人々のみ。現地の人々は現地語を話すという国々もたくさんあるでしょう。また、自国語として英語を話すということに少なからず嫌悪感を感じている人々も多いことでしょう。それはわかっているつもりです。

ですが、実際現地に行ったとき最低限必要となるのは英語だと思います。こんな事言って、笑われてしまうかもしれませんが、僕の趣味は海外旅行で、日本で本や何かと格闘して勉強するのもいいですが、やはり少しでも体で世界の温度を知りたい。という動機があります。それで、少しずつですが海外に手を出しているのです。そして、少しでも観光旅行として表面を見るだけでなくもっと深いところで世界を知りたい。と思っているのです。ですが、やはり旅行者の行動範囲というものは、まだ未熟なせいもありまた、不必要な危険を避けるためにも狭まってしまいます。
そして、そういう旅行者の溜まる地域には現地の「旅行産業」というものが成立します。そこでは、人々は商売をするためには英語を覚える必要があります。で、世界のどこへ行ってもとりあえず英語が通じるというような感覚を持ってしまうのです。本当は現地の人とか英語まったく話せないんですけど。

また、旅行者同士で話をする場合、大体の場合が英語になります。ドイツ人も英語を話します。フランス人も英語を話します。中国人も英語を話します。アラビア人も英語を話します。僕が日本人であるからです。
このように、英語はほぼ国際共通語のように意識の上ではみな思っているように感じます。

でも、やっぱり現地語しか通じないところは多いもので、僕が行った国でホテルでも現地語しか通じなかった国は中国(中国語、普通語ですねとりあえず)、スペイン(スペイン語)、モロッコ(フランス語)でした。その場合は、一生懸命勉強しましたけど。

あ、あとどの国でも英語を国語や公用語に採用してない国で行動する場合、英語はほとんど通じないという意識で移動しています。

でも、特にアジアで感じたんですけど、航空券を買おうとしたりして、現地の人と話すときに英語ができるとできないのとでは相手方の対応がぜんぜん違うんですよ。英語をあまりうまく話せないとなんか、軽く馬鹿にしたような対応されてしまうんですね…。



教養としてラテン語を勉強するのは賛成です。とてもすばらしいことだと思いますよ。また、Yusuraさんの言うように西欧だけ向いているのもぜんぜん批判しようとも想いません。
話す言葉により階級がわかってしまうのは、よくあることだと思います。やはり、言語が長期間の歴史とともに歩んでいる過程を考えてみれば、一つの単語が包含する意味の広がりを古典に求めより深く知っている人はやはり、みずからのことについて深く考えまた、教養がある人として尊敬します。





P.S.英語のことばかり書き込みしましたが、僕の主義として旅行先の現地語を少しでも覚える。というのがありまして、現在フランス語、中国語、アラビア語、(ちょっとだけスペイン語)を継続的に勉強中です。現地では「地球の歩き方会話集」を愛用しております。

また、僕の敬愛する国は中国です。でも、中国人と話す言葉としてもっとも現実的なのは英語だということも聞きます。大東亜共栄圏のようなものができたとして、そこの共通語は英語という話もよく聞きます。

漠然とした回答、また英語に関する回答ばかりになってしまいましたが、返答ありがとうございました。

お礼日時:2002/06/03 20:25

たいしたことではないのですが、#1でユダヤ教の学校のラテン語の先生の話しが出て来たのは、先日ユダヤ人の友達と話していて、ラテン語をユダヤ教の学校で勉強したけど、全然役にたっていないと言われたから、あのようなことを書きました。

なぜ彼がラテン語を勉強したのかはわかりませんが、アメリカの公立の高校生が、第二外国語を取る際に、ラテン語を教える学校はないといえるようです。

別に訂正とか、釈明というレベルの問題ではないのですが、誤解を受けるような回答をしたようなので、言い訳しておきます。

>カソリックの僧職は、「牧師」と言わず「神父」と呼びます。

以後、気をつけたいと思います。
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この回答へのお礼

アメリカの公立高校の第二外国語って主にどこの国の言葉をやるんでしょうね?
やっぱり、フランス語や、現代の情勢に考慮してスペイン語などでしょうか?

お礼日時:2002/06/05 16:08

>世界のことをよりよく知るには



これに関する答としてはその回答は不適切。この回答だけでは、欧米文化圏についてのみしか触れていないということがあるでしょう? 例えば中国や韓国の文化を知るのに、聖書もシェークスピアもラテン語も要りません。この回答をされた方の世界観は、欧米文化圏が軸となっている世界なのでしょう。

No.1のruneeさんの回答にいくつか誤謬がありますので、指摘しておきます。まずユダヤ人がラテン語ではなくヘブライ語であることは、No.3の指摘にある通りです。また、カソリックの僧職は、「牧師」と言わず「神父」と呼びます。

さて、ラテン語は欧米言語の祖と言われますが、それよりも前にサンスクリット語というのがあります。これが印欧語族の祖先になります。ならばそのサンスクリット語や、古代ギリシャ語を学べばいいではないか、という話になるのですが、現実はそうはいきません。もっとも、それがわかれば他の言語も楽にできるということはありますが、まず、とっつきにくいのですね。それが1点。もう1点は、ヨーロッパでは長い間公文書でラテン語が使用されていました。ダンテがトスカナ方言で書くまでは、書くと言ったらラテン語でした。話す言葉はともかく、読み書きする言葉はラテン語。モンテーニュが「随想録」で、オヴィディウスの変身物語のラテン語を、小さい頃に貪るように読んでいたことなどを回想しているように、ヨーロッパではラテン語の公的価値というものが非常に高かったのです。

しかし、産業革命以後、科学の進歩に従って、生成的でないラテン語は文書言語としても使用しづらくなりました。医学と音楽はドイツ、服飾はフランスやイタリア、といったように、国によって得意科目ができてくる。そうすると、結局専門用語はこの国の言語で、ということになる。これが不都合だった時代を経て、それを統一する形で、アメリカが台頭し、英語というものが国際的な標準語となったわけです。

その回答では、おそらく現代の社会の趨勢ではなく、18世紀ごろまでのヨーロッパを詳しく知るための言語としてのラテン語を挙げているのだと思います。実際、論文はラテン語で書かれるものでしたからね。

ラテン語は規律がしっかりしています。格の用法などなく、人称変化も英語では3単現しか残っていません。そのため、英語の文章を読むと、時たま誤読ということが起こりやすいのです。誤読が起こりにくい言語は文献として非常に価値がありますし、それゆえ物事を学ぶには英語よりラテン語の方がよいということはあると思います。

メンタリティーを知る手段としては、歴史に沈澱したものを知る方が、今使われているものを知るよりもよい、という考えなのかもしれませんね。温故知新という考え方に基づく回答だったのかと考えられます。現在の状況をすぐ知りたいというのであれば、僕はラテン語は非効率的だとは思いますけれども。

それにしても、ラテン語の「経験者」が多いとは意外でした。
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この回答へのお礼

返答ありがとうございました。

ラテン語、そんなに西洋では影響力がつよかったのですね。
勉強になりました。

お礼日時:2002/06/05 16:05

もしも[ラテン語]が第2外国語に選べて勉強していたら、後でフランス語、スペイン語、イタリア語を効率的に覚えられた筈です。



私はフランス語を第二外国語にして、社会人になってからイタリア語とスペイン語に興味を持ちましたが完全に順序が逆でした。

仏蘭西や英国の大学で、実用性がなくとも[ラテン語]を勉強するのは[ラテン系3ヶ国語]を習得する手段にもなるし、西欧社会の

文化を理解する上でもっともファンダメンタルなことではないかと思います。

英語とどちらが重要かということは、英語の語源にもなっているものも多い訳ですから知っていて無駄ではありませんが

すぐ使える実用英語と言われる向きには遠回りな感じがするかも知れません。

人それぞれの考え方で口を挿みませんが、ラテン3ヶ国語を趣味または旅行で習得しようという方には一番面白いと思います。



>聖書とシェークスピアをよんで、ラテン語を勉強するほうがいい」という回答を頂きました。

  英語より・・・」と言うのは分りませんが、西欧の方、またアメリカでも私の知っている東海岸の方は、[聖書]とか[沙翁]の有名な
  セリフ位は諳んじていて、些か気障でスノッブではありますが・・・会話に引用したりすることで・・・恐らく自分の属している
  階級を誇示しているのではないかと言うように見えました。

>一つ一つの言語を覚えていったほうが早いのではと思います。

  これについてはなんとも云えませんが、後でこんなによく似た言葉だったのか~~~と感心することが多いです。
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この回答へのお礼

そうですね。確かに、似た語源を持つ言語を発見したとき「そうだったのか~」って感心して、ちょっとうれしくなりますね。

ラテン語はそういう現象の宝庫かもしれませんね。

あと、学術用語なども面白く読めるようになるかもしれませんね。

僕の大学でも多言語拾得者(大学の教授です。多分です。)がいるのですが、本当にさまざまな言語のつながりを説明されると、イヤミという感情はまったく起こらず、その勉強熱心さにただ、感心するばかりです。

返答ありがとうございました。

お礼日時:2002/06/05 16:02

ちなみに#1の回答にある「ユダヤ教」ですが、ユダヤ教の原語はラテン語ではなく


ヘブライ語です。
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この回答へのお礼

イスラエル大使館http://www.israelembassy-tokyo.com/

イスラエルの公用語はヘブライ語らしいですね。
勉強になりました。

返答ありがとうございました。

お礼日時:2002/06/05 15:55

実際の質問と回答を読んでいないので予想なのですが、おそらく「ラテン語」が


「神の言葉」と呼ばれていることからではないでしょうか? キリスト教では聖
なる言葉として、神父様になる為の必修科目の一つのはずです。その方お勧め
の「聖書」を原語で読むならラテン語が必要になります。

でもこの回答はその回答者ご本人に聞いた方が確実かもしれませんよ。
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この回答へのお礼

あぁ、多分「新約聖書」の原書はギリシア語で書かれていると思います(「旧約聖書」はヘブライ語)。それを、ローマカトリックではラテン語(ローマ帝国時代の公用語、後のヨーロッパ世界の学術用語)に訳したのだと思います。


返答ありがとうございました。

お礼日時:2002/06/05 15:43

『聖書とシェークスピアをよんで、ラテン語を勉強したら、世界のことをよりよく知ることができる』



現実的に考えてみましょう。聖書はなぜ読むのか? シェークスピアをなぜ読むのか? Evianusさんが、ご自分の倫理観や宗教に関して探究されたいのだったら、聖書を読むことで、キリスト教の教えをより深く理解できるのではないかと思います。シェークスピアに関しても、実社会で役立知識を身に付けるということではなく、哲学的な意味で、自分を取り巻く世界に対する 見方が影響されるということはあるかと思います。

この回答をもらった質問に目を通してみましたが、手に職を付けるとEvianusさんさんが聞いていたのなら、間接的すぎるアドバイスだと思います。

この質問の意図がよくわからないのですが、ラテン語を学んだとしても、実社会ではあまり役にたたないと思います。まず、ラテン語という古語を話す人には、そうそうお目にかかれないですよ。私が思い付くのは、カソリックの牧師さんや、ユダヤ教の学校のラテン語の先生ですが、その位しかラテン語使いはいないような気がします。
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この回答へのお礼

返答ありがとうございました。

最初の質問のことですが、少し軽い気持ちで書いてしまったので漠然とした内容になってしまったと思います。真剣に回答を書いてくださる人に対し、少し失礼だったと反省しています。

自分としては、例として英語の資格や、コンピュータの資格を挙げているとおり、少し実学的なわかりやすい目安を求めていました。

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西洋中心に物事を考えすぎだとおっしゃる方が多いですが、日本が近年一番関わっている国として西洋のアメリカがありますし、明治以降見本として勉強した西洋の学問の上に現在の日本が成り立っていると考えます。

それに現実の政治を見ても、ヨーロッパはまだしも、アメリカが中心に世界が回っていると考えるのが普通だと思います。そのてんで、アメリカをもっと知ること、アメリカの多数派の宗教キリスト教(プロテスタントですよね?多分。不確か…)を知ることは重要だと思います。

でも、確かにラテン語は…

お礼日時:2002/06/05 15:40

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