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最近、北朝鮮は将来中国に合併吸収されるのではとの、大胆な意見が新聞をにぎわしています。とてもびっくりしたのですが、考えてみると満州が中国なのに、何故その隣の朝鮮が中国に入らないのか不思議です。また、チベットのようなむちゃくちゃな例もあります。
かんがえるに、朝鮮の人は怒るかもしれないが、ひょっとして、日本が朝鮮を植民地にしていたため、中国に組み込まれることをまぬがれた、とはいえませんか?
それとも、朝鮮は中国に組み込まれないほど、政治的にも心理的にも中国から独立した所だったのでしょうか?

A 回答 (5件)

中国という国は歴史的によくも悪くも周辺諸国を飲み込んだ国で、例えば満州も本来は中国ではありません。


満州はもともと北方騎馬民族の土地で、女真族が支配してましたが、ヌルハチが部族を統一して漢民族の王朝「明」を滅ぼし「清(息子のホンタイジの時代に成立)」を建国しました。
従って形としては満州が中国を併合しましたが、やがて女真族も中国という文明に飲み込まれ中国人になってしまったので、「中国人になった満州族の土地」として満州も中国の一部となってしまいました。
「元」や「金」なども異民族(漢民族でない)王朝です。
ところが朝鮮が中国を征服した例は過去になく、もし朝鮮民族が中国に王朝を建てた例があれば「朝鮮半島は中国固有の領土」と言いかねませんが、少なくとも歴史上はありませんから、朝鮮は独立した地域とされます。
中国は伝統的に東アジアでは対等の国家を認めない冊封主義をとっており、日本や朝鮮がお付き合い(貿易)したいと望めば臣下の礼をとり、中国皇帝から「王」として封じられなければなりません。
足利義満が「征夷大将軍」として中国と接触を図っても相手にされず「日本国王」と称したのは有名な話ですが。
こうした朝貢外交で日本と朝鮮は常にライバルでもあり、宮廷での席順を争う間でもあります。
しかしながらお互いが存在したから中国に飲み込まれずに済んだという面もあり、日中朝の3国は様々な駆け引きをしてきました。
中国から日本に対して協力して朝鮮を攻めようと提案されたこともありました。
これに乗れば、朝鮮を滅ぼした勢いで中国軍が日本に南下する危険もあり、これが当時の天智天皇の失脚につながったとの説もあります。
つまり朝鮮は日本にとっての傘でもあるのです。
日本が朝鮮を併合したから中国に組み込まれなかったかどうかは議論の分かれるところで、日本が朝鮮を支援して友好を深め、ロシアや中国の盾として、南方に勢力を伸ばすという選択肢もありました。
同じことはドイツにとってのポーランドでもあり、もしヒトラーがポーランドを独立国家として支援してれば、ロシアの盾となり、東部戦線は安泰だったと考えられます。
話を戻すと、朝鮮は中国を宗主国として歴史を渡ってきましたが、日本ともある時期は仲がよく、徳川将軍には挨拶の使者を送ったりしてますし、文化的には中国の影響下にあっても独立を保ってます。
元の時代に属国となり日本に襲来してますが、朝鮮国王も形式的にはおり、独立運動もあったので、独立国と見てもよいでしょう。
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近世のナショナリズムはハンパではありません。


隣接した強国があっても、その独立を維持、確立しようとする動きは世界中に見られます。
アイルランドしかり、ソ連崩壊後のウクライナ、カザフスタン等、またレバノン、パレスチナ等枚挙にいとまもありません。

近代世界での国境の意味は非常に大きいのです。
今日の情勢において朝鮮半島を中国領とするなどとの動きは、たとえ過去の履歴がどうあろうとあり得ないことです。

この回答への補足

皆さん回答ありがとうございます。
どうやら、日本のおかげで朝鮮半島は中国領にならずにすんだという意見はうけないようです。

補足日時:2005/03/03 01:36
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歴史的にも、文化的にも中国の一部になったことは無いですね。



中国文化の影響は強いですが、殆ど学術レベルの影響です。つまり、儒教や漢文文化。
儒教の影響で冠婚葬祭・礼に影響は見られますが、生活習慣レベルの影響はありません。
中世の国家機構にも影響は見られますね。

政治的には中国の直接統治に入ったことは無い。と断言できる水準です。
一時、漢代に楽浪郡など、朝鮮人居住地域にまで中国の行政機関が出てきたが、実質的に朝鮮人を支配していたレベルではない。と考えられ、すぐに、高句麗など朝鮮人の独立政治母体ができています。

新羅の統一も唐の力を借りているが、統一直後に影響力を排除しています。
新羅と唐の国境の唐側に朝鮮人の居住域はありましたが、すぐに渤海王国として独立しています。
高麗は完全に独立していたし、元が属国化したじきもありますが、モンゴル人の侵略が、侵略地域の王族の娘を妻にして、チンギス・ハーンの一族が直接統治するケースが多かったにもかかわらず、高麗の王族が元の王族の娘を妻にして高麗王として、存続しいました。

李朝朝鮮は完全に独立国でしたね。

寧ろ、唐以降の漢民族系中華帝国は、中華帝国の継承を正当性を中国を除いて最大の儒教国家朝鮮からの朝貢使節を受けることで、正当性の証明としていたのではないでしょうか。
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現在の中国の国境は第二次世界大戦後に日本の影響前の清の領土に戻して引かれました。

日本併合前の朝鮮半島は李氏朝鮮であり、明から王朝を認められていました。
 現在の中国は漢民族国家であり、漢民族国家としては最大の領土になります。他の民族による国家(王朝)の場合に比べて漢民族の多民族に対する扱いが過酷で、他の民族の土地の支配権を取ることが難しかったといわれています。
 朝鮮半島の場合は高句麗・高麗などと呼ばれる強力な民族があり、大陸の影響を強く受けながらも、元の崩壊後に李氏朝鮮として属国では有りますが、結構戦闘的な国家が樹立しました。
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政治的にも心理的にも中国から独立した、というのはある意味正しいかもしれません。


歴代の朝鮮王朝は、唐が中国を支配していた時代から既に、
中国の属国的な立場を建前としつつ、うまく独立国として立ち回ってきています。
内心では自分たちこそが中華の正式な後継者だ、なんて考えも持っていたようです。
また、国政が不安定なときは殆ど内外での戦争、あるいは植民地となっていた事も、
中国が(支配の意思があったとすれば)手出ししにくい理由として大きかったことと思います。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%B0%8F% …
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