質問

質問者:bofd 時間は止まることがないのか
困り度:
  • 暇なときにでも
「時間は流れ続ける」というのが、一般的な常識だと思いますが、物理学において、これは証明されているのでしょうか。
あるいは、「特定の条件を満たせば止まることもある」というものや、ゲーデルの不完全性定理のように「証明することはできない」というのでも構わないので、ご教示願います。
質問投稿日時:04/09/28 19:05
質問番号:1020513
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回答

良回答20pt

回答者:decidrophob これまでのスレッドは、
ところどころ脱線もあり、
ところどころ勉強にもなりっていう感じが私の感想です。
これまでは、スレッドでの対話を重視して回答を重ねてきましたが、
ここら辺で、一応、私も勉強させていただいた成果を踏まえて、
私の考えをまとめておきます。


(回答)
時間とは、変化を表現するためのパラメータである。
で、「時間が流れている」と知的観察者が認識するための条件は、
少なくともひとつの物理現象(観察対象)に関して変化が観測されることである。

(注意)
以上の回答における時間は、局所的な観測者の主観的経験の時間です。グローバルな宇宙でどうなっているか、他者にとってどうか?などは、とりあえずは無視しています。


(解説)
と、以上のように解説すると簡単に見えるけど、
座標変換・変数変換などの効果を考えると、
「流れている・流れていない」
の感覚は、
白黒より、
どの程度流れているか?っていう定量的な感覚がしっくりくる気がします。

というのも、
非常に単純な定常的な宇宙であれば、
説明したい変化の種類も度合いも少なく、
流れる時間のパラメータとしてのご利益がほとんどありません。が、これまでのスレッドで分かるように、
まったく時間を存在させないのは、不可能です。知的遊びで時間というパラメータを導入できる。
こうした宇宙しか眺める対象がないような人は、よほど白昼夢(空想)がうまくない限りは、間違いなくぼけて、時間なんていう概念は忘れてしまうと思います。

他方で、変化が多様で激しく、熱力学第二法則によって、変化に方向性があるような、
今日のような宇宙に住んでいる人にとっては、
時間というパラメータをとるご利益が大きく、
まさしくリアルに時間が一方向に流れています。
種類:回答
どんな人:一般人
自信:自信あり
回答日時:04/10/10 18:33
回答番号:No.20
この回答へのお礼私もこの回答がしっくりします。
とりあえず、「時間は流れ続けるか」という疑問には、「少なくとも、人類(または知的生物)が存在しているうちは、流れ続ける」として、未来については沈黙するしかないですね。
また、対話を経て、「物理的時間」と「主観に対する時間」の違いもぼんやりと見えてきました。初めに意図したものではないのですが、自分にとって新たな視点と問いを得ることができました。とても有意義な「時間」でした。感謝します。

回答

良回答10pt

回答者:nzw >ちなみに、一般相対論における時間の進み具合の違いは、
>同じ時空上の点におかれたあらゆる時計(時計自体は重力とは関係ない)に一様に反映されるという意味で、
>「時間が遅くなる」と解釈することに意味があります

そうですね。相対論の場合、物理現象が起こる舞台の一般的性質についての話なので、
どのような物理現象(つまり”時計”)を持ってきてもかわらないという意味で普遍的
で、相対論における「時間が遅くなる」という主張は誰もが納得する解釈でしょう。

 私があげた例は、そのような普遍性は持ちません。

それは承知の上で、だから最初に
>エンタングルメントを利用した光子などの量子状態の転送を、量子テレポーテーションと
>いうぐらいの意味合いでなら。
とことわっているわけです。

 ただ、量子力学の場合、舞台だけを考えるということはなくて、観測という行為が
基礎に含まれているため、あくまでも、ある特定の観測可能な物理系を想定し、
その物理系の(変化を含む)状態・性質を議論します。

 また、Dirac方程式などでは、ローレンツ変換に対して形が変わらないようにするなど、
一応特殊相対論を取り入れてはいますが、量子論では位置がオブザーバブルとしての立場
を持つのに対し、時間はオブザーバブルにはならず、系の状態を指定するためのパラメーター
としての扱いのままです。

 ですから、系の状態を指定するパラメーターという限定した意味で時間をとらえるなら、
下記の現象を、「時間を止める」といってもいいんじゃないかというのが私の主張です。

 で、電子一個の時間発展をとめたというぐらいだと
たしかに大げさですが、頑張れば分子でもできるかも
しれない、で、下にも書いていますがどれだけ複雑
であればできなくなるのかの境界があいまいである
ため、原理的には「ネコ」の時間を止めるということ
も可能性としてはありえるわけです。
種類:回答
どんな人:専門家
自信:自信あり
回答日時:04/10/21 22:50
回答番号:No.27
この回答へのお礼>量子力学の場合、舞台だけを考えるということはなくて、観測という行為が
基礎に含まれているため、あくまでも、ある特定の観測可能な物理系を想定し、
その物理系の(変化を含む)状態・性質を議論します。

No.26のお礼と関係しますが、時間の流れていないものを観測することができるのか疑問です。例えば、観測対象の時間が静止している場合、観測対象に飛ばされた電子が観測者まで跳ね返ってくることはできるのでしょうか?(当方、観測問題には疎いので、見当外れな疑問でしたらすいません。)

ただ、人間にとっての見かけ上の時間として、「物体の静止」を「時間の静止」とするのは感覚的にはしっくりくるものがあります。幾年が過ぎても、何の動きも変化もないネコがいたら、その様子を「ネコの時間が止まっている」と表現しても、その意味を損なうことはないように思われます。むしろ、時間というのは、何かを評価するときに「見かけ」として現れるだけで、いまだその実を現していないのだと思います。自分で何を言っているのか、よくわからなくなってきましたが、参考になりました。御回答ありがとうございます。
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